平成最後! 私たち女子が「もう、しなくていいこと」

平成最後! 私たち女子が「もう、しなくていいこと」

2019/01/10

昭和の女性たちから進化を遂げた、平成を生きた私たちの軌跡

 夏休みにハロウィーンにクリスマス、何をしても「平成最後」の枕ことばが付くことに感傷的になる人もいれば、ハメを外す免罪符にする人もいて、みんながザワザワ、少々落ち着かなかった平成30年。平成元年に生まれたベビーが立派な三十路へと歩み入らんとする年、「平成最後」を生きるあなたも私も、昭和の女たちからどんな進化を遂げたのでしょうか。

平成を生きたあなたも私も、どんな進化を遂げたのでしょうか(C)PIXTA


それまで素足だった女性たちにゲタが回ってきた

 平成終了から遡ること5年ほど前、「女性活躍推進」が日本政府の旗振りによって満を持したかのように広まって、他の先進国に比べてあまりにも低い女性管理職比率を上げねばと、それまで旧態依然の(社内)政治では視界外だったような女性が要職に抜てきされるというダークホース人事が相次ぎました。

 それを見て、「女だからって、ゲタ履かせてもらいやがって」という、ちょっと聞き苦しい妬みの声がどこからか上がったのも事実です。それまで素足だった女性たちにゲタが回ってきた。でもその時社会は、そのゲタこそむしろ本当は「男性が当然のものとして履いてきたが、これを機に脱がされた」ゲタであったことに気付いたのではなかったでしょうか。

 私は、平成最後の女たちは自覚的に「女性活躍推進」のゲタを借りて履き、視界が高く広くなったことで得られる経験を十分にエンジョイし、正しく騒がれ、正しく騒ぎ返して「女は変わったんだぜ」と知らしめ、日本社会の進歩に貢献したと思います。

 でも女が「女性活躍ゲタ」を借りたのは初めの2年程度です。ゲタでは走りにくいから、充実して忙しい人生を過ごす女たちは、ゲタなんてさっさと脱いでしまいました。今やフラットシューズやスニーカーを履いて、機動力高くご機嫌で走り回っている女たち。これまでの経緯は「あるべき平衡へ、ようやく到達するために必要なプロセス」だったように私には見えます。

 今思えば平成の最後の数年で、風向きがガラリと変わりました。女性活躍推進とか、働き方改革という新しい風が、確かにそよそよと、場所によってはごうごうと吹いています。それによって散り去っていく枯れ葉もあるということです。

平成プログレと昭和レトロ

 2017年のCMで、「ボスが出社したのに、誰もいないガランとしたオフィス」が描かれました(堺雅人さん主演 サントリーコーヒー・クラフトボスCM「新しい風・誰もいない」篇)。

 「あれ、今日、誰もいないの?」
 「社長とマネージャーはコワーキングスペース。村山さんと松下さんとクミちゃんは有給消化中。田中さんはリモートでミーティングってことで、皆来てません」

 「(ボス、Skype画面に向かって)なんで会社に来ないんだ?」
 「(Skypeの向こう側、育児中の男性社員)なんで行かなきゃいけないんですか?」

 キャストの淡々とした演技力によってクスリと笑える、私の大好きなCMですが、私は「これは平成プログレだ」と感じました。

 そこには現代の「働く」に起きた大激変が描かれていました。「働く」とはもう、オフィスに行って自分のお尻で椅子を物理的に温めるということじゃないのです。オフィスに詰め込まれ、家族よりも長い時間を従業員同士で頭を突き合わせて送る人生はもう過去のもの。同様に、玄関ドアの内側に閉じ込められて、女性だけが家事と子育てを一身に背負う人生も、もう過去のもの、昭和レトロなのです。

私たちの働く環境は、確かに大きく変わった! (C)PIXTA


男女の役割は「戦略」にすぎなかった

 「30代の働く地図」(岩波書店/玄田有史・編)という本が10月に刊行され、話題を呼んでいます。東京大学社会科学研究所の玄田有史教授(労働経済学)監修のもと、これからの働き方を模索する若手研究者たちの11の切り口から、今頑張っている30代や、それに続く若い世代が自分らしい職業人生を見つけるための気付きのヒントが見つかる本です。

 その第9章「変わりゆく夫婦の約束――家族の生活安定戦略」で、雇用政策・家族政策を専門分野とするリクルートワークス研究所主任研究員・大嶋寧子さんによる、戦後の夫婦役割についての考察が「そうそう!」と的を射ていて、エキサイティングでした。

 大嶋さんは、夫婦の形や役割分担とは、その時代のその文脈の中で「家族が(豊かな生活を約束する最も確実な戦略として)選び取った役割分担」にすぎないことを見事に指摘しました。つまり、時代が変われば男の在り方も、女の在り方も、夫婦の形も当たり前に変わる。その時代(人類史で言えばちっちゃな一地点)を生き抜くための、戦略にすぎないからです。「こうあるべき」正解なんかないんです。

 高度成長期の日本で、大都市圏の企業から続々と生み出される右肩上がりの雇用に地方から労働力が流入した結果、なんと第1次産業社会だったはずの日本の7割が会社に勤めて妻子を養えるだけの安定的な賃金を得る雇用者(サラリーマン)となる社会へ、大変化しました。

 大嶋さんはこの高度経済成長が可能にした「男の甲斐性型の働き方」に基づく「夫が稼ぎ、専業主婦の妻が家族のケアを担う」夫婦役割のスタイルを「夫婦役割1.0」と呼びます。

 やがて石油危機が世界を襲うと、人件費の上昇を抑えたい企業にとって魅力的なパート労働という働き方が広まりました。子どもの数が減少して家電製品が浸透し、妻には働く余裕ができた一方、進学率の高まりによって教育費が家計を圧迫し、妻には働く理由もできました。妻はパートタイムワーカーとして、あくまで家計補助的な範囲で働くようになり、この時期に生まれたのが、夫は更に仕事中心の生活を送り、妻は「家族のケアと仕事」に向き合う「夫婦役割2.0」だったのです。

あの時、なぜ日本社会は変われなかったか

 そして1991年のバブル崩壊。激しい価格競争が中小・零細企業の経営を圧迫し、新卒採用は抑制されて、非正規雇用への依存が高まりました。リストラが断行され、かろうじて組織に残れたとしても、賃金上昇は抑制。妻たちに提供される非正規雇用の数は増え、また若い女性にとっても正社員のポジションを結婚出産きっかけで手放すことへの不安や抵抗感が増大した結果、「働く妻」は急増することとなりました。

 でも、「男の甲斐性型の働き方」は揺らいだにもかかわらず、夫婦双方が平等に仕事と家族ケアを担う共働きスタイルの「夫婦役割3.0」は、日本ではなかなかグズグズと実現しませんでした。その理由は、企業の経営難が人員削減へとつながり、現場のサラリーマンたちはより一層の長時間労働と、転勤や単身赴任などに応じて雇用を死守する傾向へ突入して、家事や育児は変わらず女性に集中する結果となったためです。

 代わりに、社会が採った戦略は「懸命な支出の抑制」、つまり節約でした。節約ブーム、起きましたよね~! あの時、日本の夫婦は役割負担のバージョンアップではなく、自分たちの衣食住や娯楽への支出を削りながら生活を防衛することにしたのです。

 そんなあまりに長い「失われた20年」を経て、風が吹き、イマココ。

 長寿化や、AIに代表されるテクノロジーの発展の影響で、企業が「男の甲斐性型」の働き方や家族の人生を支えることは今以上に難しくなっていきます。さて、今度こそ私たちは、次の世代のために男女の役割の本格的な見直しができるでしょうか。

あの女(ひと)に付いた値段

 17年間の専業主婦生活を経て、47歳で再就職した薄井シンシアさんは、現在日本コカ・コーラで東京2020年オリンピックホスピタリティの責任者を務めます。東京外国語大学を卒業して新卒入社した広告代理店を辞め、結婚以来5カ国で20年間暮らして子育てにひと段落ついた薄井さんが日本で電話受付として再就職した2011年、彼女に付いた値段は時給1300円でした。(参考記事:「薄井シンシア『専業主婦は立派なキャリア』という理由」

 それから7年。外資系一流ホテルでの営業開発担当副支配人というポストを経て、今では日本コカ・コーラでのお仕事の傍ら、女性人材サポート会社Warisでの戦略顧問として、ニューヨーク大学プロフェッショナル教育東京(NYU SPS東京)ホスピタリティ講座にも関わり、後進女性に向けたアドバイスにも活躍するシンシアさん。

 先日行われたWarisの、ホテル業界を志望する女性のための再就職支援事業「Warisワークアゲイン ホテルマッチングイベント」でのシンシアさんのスピーチは、サバサバとした彼女の口調で、深い思いが一層強調されたように思いました。

 「このイベントを、私は自らの17年間の専業主婦経験をもとに立ち上げました。2011年、時給1300円の仕事からもう一度始めた私のキャリアですが、それはどなたかが信じてくれた、チャンスをくれたことで始まったものです。就業ブランクのある女性を雇用する場面では、企業の皆様は履歴書で過去をご覧になります。でもここでもう一歩踏み込んで、過去ではなく可能性を見てほしいのです」

 「時給1300円の私には、あの時、可能性しかなかった。私は再就職を望む女性たちに対して、いつも『チャンスはもらえる。でもあとは自分たち次第』と念入りに言っています。ここにいるのは、そんな覚悟だけはできている6人の女性です」

私たちがもう、恐れなくていいこと

 かつて、女が一度専業主婦になったら、もう一生専業主婦なのだ(そうでなければならない)と社会が信じた時代がありました。

 結婚歴に一度バツが付いたら、それは経歴のキズなのだ、もう二度とまともには扱ってもらえないのだと、そんなふうにも社会が信じた時代がありました。

 平成最後の年、そんな世間の勝手な思い込みが、過去の遺物になろうとしています。再スタートが可能な、柔軟な社会がようやくやって来ました。

 女性も男性も、真面目な、あまりに生真面目な私たちは、転んではいけない、コースアウトしてはいけない、具体的な顔は見えないのに存在だけは肌感でひしひしと感じる誰かが決めたことや、その期待に沿わねばならない、とひたすら小さな努力を積み上げてきたように思います。

 転んでも巻き返せる。コースアウトしてもやり直せる。
 生きている限り、ゲームオーバーなんてない。

どんな人でもいつでもやり直せる、どんな生き方も選べる、そんな時代です(C)PIXTA

 それは、20代も30代も40代も50代も同じ。シングルもディンクスもバツイチもワーママもシングルママも同じ。

 どんなステージにいる人も、「平成最後の」私たちは、もう転ぶことやコースアウトを恐れなくていいのです。

文/河崎 環 写真/PIXTA

Profile
河崎 環(かわさき・たまき)
コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川県育ち。家族の転勤により桜蔭学園中高から大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部卒。欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での生活を経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、テレビ・ラジオなどで執筆・出演多数。多岐にわたる分野での記事・コラム執筆を続けている。子どもは20歳の長女、11歳の長男の2人。著書に「女子の生き様は顔に出る」(プレジデント社)

Provider

日経ウーマンオンライン

2018/12/25掲載記事を転載
平成最後! 私たち女子が「もう、しなくていいこと」