「何になるの?」と言われていたお稽古事で、世界一に

「何になるの?」と言われていたお稽古事で、世界一に

2018/04/26

ついに世界一のフロマジェに 人生に無駄なことはひとつもない

 プロフェッショナルのチーズ専門家「フロマジェ」として活躍している村瀬美幸さん。もともとは、ANAの客室乗務員だった。子どもの頃から世界に憧れ、夢かなえた職を手放した理由は、自信のなさだったという。自分の存在意義に悩み、自問自答を繰り返しながら、興味に導かれてたどり着いたのがチーズの世界。「日本人がチーズの何を知っているの?」という完全アウェーで世界一のタイトルを手にするまで、はじける笑顔の裏に何があったのだろう。

◆フロマジェ、ザ チーズルーム アカデミー副校長 村瀬美幸さんインタビュー
第1回 夢の職に就けた…けど自信がない キャリア捨てたCA
第2回 CAからチーズのプロへ「世界2位では駄目と知った」
第3回 「何になるの?」と言われていたお稽古事で、世界一に(この記事)
チーズ学校の開校前、社長に内緒で大会にエントリー
村瀬美幸
全日本空輸株式会社での国際線客室乗務員、田崎真也ワインサロンでの講師、支配人などを経て、2013年4月に、チーズを楽しく学ぶ「ザ チーズルーム アカデミー」をオープンする。同年6月第1回世界最優秀フロマジェコンクールで優勝し、世界一に。日本チーズアートフロマジェ協会副理事長。著書に、「村瀬美幸のごちそうチーズクッキング」(草思社)、監修本に「10種でわかる世界のチーズ」(日本経済新聞出版社)などがある。

 それから私は2年間チーズ専門店に勤め、店頭に立ちました。「このワインにはどのチーズがいい?」などというお客様のご質問に合うチーズを提案し、「100gください」と言われたら、その場でカットします。チーズは、肉をグラム売りするのと違ってカットが一発勝負で、大会でのカットテストは、その技術を競っているんですね。質量は種類によって異なるので、このチーズならこれくらいで100gかなという感覚を身に付け、ぴったりに切れると、「やったー!」と思っていました(笑)。各国の大使館、ホテルやレストランなどへ出向いて盛り付けをすることも、とてもためになり、毎日の仕事が大会の実践練習になっていたんです。それなのに、目指していた国際大会が、突然資金不足で中止になってしまったんですよ!

 目標を失ってしまった私はしばらくチーズ店で働いていましたが、やがて、知り合った建築・空間デザイナー金子敏春の下で「ザ チーズルーム アカデミー」というチーズの学校を始めることにしました。オープンを3カ月後に控えて準備をしていたある日、私は「世界最優秀フロマジェコンクール」が開催されると知ったんです。2007年の大会で優勝したフランス人のフロマジェが、大会がなくなったことを嘆いて、若手のために立ち上げたコンクールでした。エントリー締め切りまであと1週間。私は社長の金子に黙って、それに申し込んだんです(笑)。

 審査が通って出場が決まったので、報告しないわけにはいきません。「世界大会に行ってもいいですか?」「え!? 大会っていつ?」「6月です」「5月にスクールオープンするのに、どうするの!?」私はこう言って説得しました。「世界大会に出場するだけでも学校のためになるし、もし賞が取れれば、なおいいんじゃないですか?」

 こうして、スクールのオープニングパーティーはやったものの、1カ月間はほぼ授業をせず、大会に向けた練習をしていました。しかも、「1位を取るための作戦を練ろう!」と金子も協力してくれたんです。王者フランスにも勝てるように、どの国の審査員が見ても圧倒的に突き抜けている作品を作ろうと、二人で策を練り始めたんです。

異業種との交わりで、変わっていった自分

 今度の大会は、これまでと違って個人出場です。課題は9つに増え、そのうち5つは「アーティスティックテスト」と名付けられた、盛り付けテストでした。「約50種類、総計20㎏ものチーズを使って子どものためにビュッフェを作る」とか、「鏡の上に彫刻をしたチーズを盛る」など、テーマが決まっています。

 これには、デザイナーの金子は強い味方でした。「これまで平面に盛り付ける選手が多かったのなら、立体的に盛ってみよう」と、まずは子どものためのビュッフェに取り掛かりました。人が見てきれいに思える黄金比を取り入れ、高低差をつけ、子ども目線でかわいくおいしそうに見えるように、そして審査員には「子どもが見たら楽しそうだな」と感じられるようなバランスに。こうした「見せる効果」は、それまでの私にはなかった発想でした。そして、金子と話すうちに、私の中からもアイデアが生まれてきました。「遊園地みたいに作りたい。お城や、それを守るネズミの兵隊も作りたい。山のエリアには、山岳地帯で作られる硬いチーズを置きたい!」

 異業種の人は、自分の知り得ない知識や技術を持っています。そうした人と交わることで、化学反応が起こり、新たなものが生み出されるのですね。「鏡の上の彫刻」という盛り付けに対しても、私は彫刻にばかり目が向いてカービングのレッスンを受けたりしていたのですが、金子は「鏡に映り込むことを想定して空間を持たせて盛り付けよう」と見せ方のアドバイスをくれたので、目からうろこでした。

 こうした準備を経て私にはすっかり迷いがなくなり、「楽しんできてね」と金子に送り出されて世界大会に臨みました。当日はとても楽しくて、でも集中はしていて、あの感覚はそれまでの大会では味わえなかったものでした。

転機は、準備をしているとやって来る

 「優勝は日本、村瀬美幸」と呼ばれた時は、本当にうれしかったです! チーズの本場はヨーロッパで、アジアの日本なんて完全アウェーですから、私の優勝は、築地で寿司職人世界コンクールをやったら、フランス人が優勝しちゃったというほどの驚きだったんです(笑)。ライバルのヨーロッパ勢も笑顔で祝福してくれて、審査員の女性も「女性としてうれしい。よくやったわね」と自分のことのように喜んでくれました。

 振り返ってみると私は、興味をきっかけに、あの表彰台に立てたんですね。小さな興味も、どこかでつながってくるものなのだと思います。習い事に精を出していた頃、「そんなにお稽古事やって何になるの?」と人に言われたこともありました。「何になるかは分からないけれど、今これに興味があるからやっているの……」と思っていましたが、今になると、何一つ無駄ではなかったと思います。

 転職をしてきたことも同じです。CAでキャリアを積もうと思えばそれもできたと思いますが、ワインの講師に、チーズ専門店にと飛び込んでこなかったら、今の自分はないんですから。転機って、急に来るように見えて、実は準備しているときにふっと来るように感じています。今の状況が嫌だなと思っているだけでは、それはやって来ないのではないでしょうか。準備をしていれば、何かのタイミングでそれが来たときに、飛び込めるように思うんです。

 そして、辞めてしまった仕事も、そこで培ったことはやっぱり役に立つんです。CA時代に身に付けた、疲れても笑顔を絶やさないことや清潔感のある服装を保つこと、急な揺れに備えて使った道具は即座にしまうことなども、すべてチーズの大会で発揮されました(笑)。スピーチテストでも講師時代の経験が役に立ちましたし、チーズと合わせるものを提案するテストでも、ソムリエの経験が生かされました。

「将来はフロマジェになりたい」という子が増えたらいいな

 私は日本を拠点にしながらも、折々海外に行き、仕事もしてきました。そうした経験は、日本人である自分を見つめ直すよい機会になっています。外国の文化に触れることは楽しいけれど、反対に日本文化の素晴らしさを感じるんです。イースターもいいけれど、やっぱり節分やひな祭り、端午の節句もいいよねって(笑)。チーズは外国の食文化なので、いったんは海外に目が行きます。でもやっぱり、日本にいる素晴らしいチーズの生産者さんに気持ちが向いていきますし、日本人である自分ならではの感覚でチーズを広めたいと思うんです。それも、長年外国を見てきたからだと思います。

 今私には、次の世代のフロマジェを育成する使命があると思っています。ワインにソムリエ、ケーキにパティシエ、コーヒーにバリスタがいるように、チーズにもフロマジェというプロフェッショナルがいることを知ってもらい、この職業を広めていくことが私のミッションです。

 そのために何ができるかなと考え、2015年に、日本チーズアートフロマジェ協会を設立しました。ありがたいことに最近は東京近郊だけでなく、日本各地からの受講生がいらっしゃる他、韓国や、台湾、そして本場フランスの方もチーズアートの技術を学びたいと来てくださいます。チーズをカットして感動を生む盛り付けという技術はこれから日本だけでなく、本場フランスをはじめヨーロッパへ、そしてアジアへも広がる技術と確信しています。それができる次世代のフロマジェを育てていくつもりです。いつか、「将来はフロマジェになりたい」と言ってくれる子どもたちが増えることを願っています!


◆フロマジェ、ザ チーズルーム アカデミー副校長 村瀬美幸さんインタビュー
第1回 夢の職に就けた…けど自信がない キャリア捨てたCA
第2回 CAからチーズのプロへ「世界2位では駄目と知った」
第3回 「何になるの?」と言われていたお稽古事で、世界一に(この記事)

聞き手・文/金田妙 写真/稲垣純也

Provider

日経ウーマンオンライン

2018/04/26掲載記事を転載
「何になるの?」と言われていたお稽古事で、世界一に