私たちはいつか「定年女子」になる 働き女子の終着点

私たちはいつか「定年女子」になる 働き女子の終着点

2017/07/26

「女性活躍推進」の先に待ち構えるのは、私たちの大量定年問題

「こんな恐ろしいドラマがあるだろうか」

 「こんな恐ろしいドラマがあるだろうか……」。

 竹内まりやさんの「もう一度」が流れるエンドロールを見つめながら、私は恐怖に震えていました。

 「定年女子」――それがドラマのタイトルです。

■「定年女子」(全8回)
日曜 午後10:00~午後10:50
【BSプレミアム】
(公式サイトは記事末参照)

南果歩演じる深山麻子(53)は、専務から「役職定年」を告げられて… 写真/NHK提供

 これまで、さまざまな「◯◯女子」「◯◯ガール」のネーミングが世間でもういいよってくらい量産されてきましたが、こんなにインパクトのある「女子」は初めて。そう、女性活躍推進だの輝けだのと、私たちが念頭に置いてきた働き女子とは、アラサー、アラフォー、もう少しお姉さんでもアラフィフくらい。ところがアラカンの先は、そういえば「定年」です。「女子だって、働き続けていれば当然定年を迎える」冷静な事実を目の前に突き付けられた気分でした。

53歳で部長からヒラ社員へ……役職定年って何それ怖い

 ドラマ第1回では、南果歩さん演じる深山(みやま)麻子(53)が、専務から「役職定年」を告げられます。長年勤めてきた角倉商事が合併するのに伴い、CSR部長としてのポストを「若手の人材にチャンスを与えるために返上」し、ヒラ社員として他部署へ異動してほしいというのが、その内容。

 役職定年とは、一般に60歳と規定されている定年の前、55歳ごろで役職から外れるという制度で、厚生労働省中央労働委員会が公開している「退職金、年金及び定年制事情調査」平成21年(2009年)によれば、調査に回答した資本金5億円以上かつ従業員数1000人以上の大企業218社のうち、ほぼ半分の47.7%の企業が役職定年制度を設けています。

 役職から外れた後は、専門的なポストへの異動や子会社への出向が多いよう。やはり一度は役職に就いた人材のメンツを傷つけないため、その後のポストには配慮がされているものの、内実は閑職であることがしばしばあります。役職手当がなくなって収入が下がることがほとんどでもあるため、いよいよ老後へのカウントダウンが始まるとの感も……。

 それを、55歳で(ドラマの主人公・麻子は53歳で)経験する。今の55歳女性って、特に大きな組織の中で第一線で働き続けたような人ならなおさら、中身も外見も十分に若いですよね。これまで中高年のおじさんの話だと思って、自分たちには関係のないことと退けていたような「定年」が、アラサー・アラフォーの私たちが働き続けるあと10年や20年後に待っているのです。

 年金制度改革で、私たち世代は74歳まで働き続ける覚悟を持たねばならぬ、とたきつけられた矢先、他方では「55歳で役職定年」との厳しい現実もある。ドラマの中でも触れられますが、女性はアラフィフごろに更年期や介護問題、子どもの教育費のピークなど、体力的にも精神的にも厳しい山を迎えるものです。そういう状況で74歳まで女性が働き続ける覚悟の重さをどーんと感じ、そして私はテレビの前で震えたのでした。

定年女子の敵は定年女子? それとも定年男子?

 ドラマ「定年女子」のすごさは、綿密に練られた登場人物たちの設定と、そんな設定の彼らが「いかにも言いそう」なセリフが絶妙な場とタイミングで発せられること。

 ドラマの中で、麻子がCSR部長を退いた後にそのポストへと就任するのは、以前から麻子と対立していた15歳年下の星野千鶴(演:高野志穂)。異動先の食品事業部では、ノンキャリアの男性課長が、麻子の新規事業提案に一切耳を貸しません。

 また、飲み屋で「本気で働く男の定年と、腰掛け程度の女の定年を一緒にしないでほしいなぁ」との発言が麻子の耳に入り、「雇用均等法さえない時代に、やっとの思いで総合職へ転じて、子育てもして、女だって必死の思いで働いてきたのよ!」と酔った麻子が爆発するきっかけになるのは、大手広告代理店勤務の藤原丈太郎(58)(演:山口祐一郎)です。

 麻子が飲み会で招集する同級生仲間も、多様な職種ながら働き続ける女性ばかり。キャビンアテンダントや、建設会社の事務職、公立小学校の教頭など、それぞれの業界でキャリアを積んでいますが、独身で子どものいないキャビンアテンダントの黒田時子(53)(演:草刈民代)は「子どもの教育ローンの残りも、住宅ローンもあるのに」と悩む麻子に向かって「そんな会社、辞めちゃえばいいじゃない」と言い放ちます。

妙にリアルな飲み会シーン 写真/NHK提供

 麻子のかつての上司、林田克子(61)(演:藤真利子)は既に角倉商事で定年を迎え、再雇用制度で週3回勤務をしている身。総務部での「重要度の低い業務」にすっかり飽き、「私にはまだまだできるのに」とぼやくその姿は、確かに十分に現代的なデキる女性。そんな、雑誌に出てきそうな先進的で有能な女性組織人にも「定年」は平等にやってくるのだ……と思わされます。

 麻子の家庭内では、娘の葵(27)(演:山下リオ)ができちゃった結婚をして、海外留学の末に就職した銀行をあっさりと辞め、「私はお母さんのようにはならない。専業主婦になる」との言葉を麻子に浴びせかけます。娘の結婚式に伴って、離婚した元夫や、その母である元姑との交流も復活し、彼らの一言ひとことが麻子にとってはイライラのもと。

 女も男も、麻子をひたすら慰めてくれる味方などいないかのよう。いったい、53歳で役職定年の憂き目に遭ってしまった麻子に未来はあるのか? もともと細身とはいえ少々痛々しいほどに激ヤセした南果歩さんの最近のニュースへの共感も相まって、一瞬絶望的な気分になってしまった私でしたが、このドラマのテーマはそんな突き落とされたところにとどまるものではないのだとか。テーマは、定年がもたらす気付きであり反撃であり、チャレンジなのです。

「女性にとっての定年は、人生の再構築である」

 番組ホームページでは、ドラマの行く末をこのように予言しています。

「今までの私のキャリアってなんだったの!」意を決して会社を辞めるが、結婚したばかりの娘は出産で出戻り、元夫の母がいまだに何かと懐いてくる。果てはなぜか彼女の介護まで降りかかり、仕事を選ぶぜいたくは言っていられない状況に。そしてなりふり構わずいろいろな仕事をやり七転八倒するうちに、しだいに今自分がこの社会に対してやらなければいけないことに気付いていく。
(NHK BS プレミアムドラマ「定年女子」番組ホームページより)

 また、原案本「定年女子」の著者である岸本裕紀子さんは、ドラマに寄せてこのようにコメントしています。

女性にとって定年は、リタイアの淋しさと折り合っていく、人生の黄昏みたいなものではありません。その後の仕事のことや、親の介護、子供の結婚などいろいろ抱えながらも、前向きに、現役として、人生の再構築に向かっていく感じがします。
(NHK BS プレミアムドラマ「定年女子」番組ホームページより)

 リタイアは寂しいものではない? 本当でしょうか。

 私たちは日本社会全体としてまだ「女性の定年」をそれほど数多く知らないが故に、自分たちの60代や70代を描きかねているような部分があります。でも今、先輩女性たちが徐々にその門をくぐり始め、その後ろ姿を見せてくれているのですよね。

 女性が働くことが特別ではなくなった時代には、これまでの男性たちがそうだったように、いずれ大量の女性が定年を迎えます。私たちが皆74歳まで何らかの働き続ける気持ちを持ち続けられるよう、このドラマが教えてくれる「働き女子のその後」を見届けていきたいと思います。

文/河崎環 写真/NHK提供

■参考サイト
NHK BS プレミアムドラマ「定年女子」
Profile
河崎 環(かわさき・たまき)
コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川県育ち。家族の転勤により桜蔭学園中高から大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部卒。欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での生活を経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、テレビ・ラジオなどで執筆・出演多数。多岐にわたる分野での記事・コラム執筆を続けている。子どもは20歳の長女、11歳の長男の2人。著書に「女子の生き様は顔に出る」(プレジデント社)

Provider

日経ウーマンオンライン

2017/07/26掲載記事を転載
私たちはいつか「定年女子」になる 働き女子の終着点