私らしさを加えて喜んでもらう「オーダー」超え仕事術

私らしさを加えて喜んでもらう「オーダー」超え仕事術

2017/07/03

鈴木ありさ(後編)相手の要望と自分の表現、どう両立する?

 特別な日のために一つひとつデザインする、まるでアート作品のような「スペシャルティ・ケーキ」を手掛ける鈴木ありささん。「相手の要望を自分らしい表現で形にし、喜んでもらうことがゴール」というケーキデザイナーの仕事で大切にしていることを聞きました。

時間も採算もシビアに それでも独立を決意

 お客様の希望、予算、技術的に作れるかどうか、私らしい表現か――。スペシャルティ・ケーキ作りには、考えなくてはいけないさまざまな要素があります。これらのバランスを取ることは難しいですが、その両立こそがケーキデザイナーのやりがいでもあります。

 ニューヨークの製菓学校を卒業して2年半は、現地に残って知人の小さな会社で働いていたのですが、そのときはケーキデザイナーというより「職人」でした。ボスと相談して一緒にデザインを完成させても、表に出るのは会社名のみ。たとえ私が最初から最後まで手掛けたとしても、私の作品として発表することはできません。その分、会社がリスクも負っているわけで、当然のことではあります。

 コスト面を気にすることもなく、決められた期日の中で作ることだけに専念していられるのは楽でしたが、アーティストとしては物足りなさを感じるようになりました。それで、帰国して独立することを決断しました。

スペシャルティ・ケーキデザイナー 鈴木ありささん

 現在はアシスタントがいますが、最初はお客様との打ち合わせからデリバリーまで全部一人でやっていました。その上でデザインも考えて作品を作ってとなると、時間的にもかなりシビアです。生活していくためにどんな値段設定にすればいいのかも決めなくてはいけません。採算を考えるのは今も苦手ですが、いろんな人に意見を聞いたりしながら何とかやっている感じです。

オーダー通りのものを作ることが正解ではない

 スペシャルティ・ケーキは、お客様に喜んでもらえるものを作るのが一番の目的です。それは必ずしも言われた通りのものを作るということではありません。

 漠然としたイメージでの依頼や「お任せで」という場合は、私の過去の作品の画像をお見せしたり、差し上げる方の情報を伺ったりしながら、こちらから一歩踏み込んで「こういう感じはどうですか」と提案します。反対に、明確な希望をお持ちの方の中には入れたい要素が多過ぎるケースもあって、そういうときには引き算も大事だということをちゃんとお伝えしています。

 あまりごちゃごちゃし過ぎてもテーマ性がなくなってしまい、いいものにはなりません。せっかく出してくれたアイデアを否定しないよう伝えるのは難しいですが、そこがデザイナーとしての力量だと思っています。

 「10を1に減らしてください」ではなく、「本当に必要なものだけを残して作ったほうが、インパクトがありますよ」「これをメインに絞ったほうがすてきですし、ストーリーが伝わりますよ」といったことをお話しすると、理解してくださることが多いです。

植物が大好きな新郎と、テキスタイル系の仕事をする新婦のために鈴木さんが作ったウエディングケーキ 写真/Alisa Suzuki Cakes


「海賊の宝箱」をテーマに作ったという誕生日ケーキ 写真/Alisa Suzuki Cakes

 相手の要望を引き出しつつ提案するということでは、アメリカの会社での経験が生きています。ボスがもともとファッションデザイナーだったので、お客様のエピソードを聞き出して、それにぴったりのものを作ることが上手でした。話しているうちに相手の人柄をつかみ、どんなものが似合って、どんなものを喜ぶかを理解する。それをいかに自分のアートとして提案するかということを学びました。

 最終的なデザインが決まってからは、スケッチを横に置いて一気にケーキを作り上げます。時間がかかるのはデザインを練っているとき。これだというものがすぐに浮かぶこともあれば、何かがちょっと足りないなと悩むこともあります。とくに複数を同時に進めているときは、常に頭の中であれこれ考えている状態が続きます。

デコレーションに使うプロ仕様の回転台は製菓学校卒業と同時に購入。中央の突起はケーキを固定するために特注でつけてもらった。メジャー類はケーキの大きさを決めたり、イベント会場などでケーキを置くスペースの寸法を確かめたりするのに欠かせない


年に1度はインスピレーションを得るために海外へ

 以前はオンとオフの境目がなくて、つい夜中まで装飾作りに没頭してしまうこともよくありました。でも、それでは体にもよくないので、今はなるべくメリハリをつけるようにしています。お休みのときは友人と遊ぶことが多いので、なるべく土日に休んで、1日の中でも会社員の働き方にできるだけ近づけようと意識しています。

 作品のアイデアは、ファッションやファブリックを参考にすることが多いですね。ウエディングドレスやブーケの本もよく見るし、面白いフォントやカリグラフィーもチェックします。

 あとは、花が私の大切なモチーフなので、花屋さんで観察することも。花びらは1枚1枚の形が全く違いますが、花はとにかくたくさん作ってきたので、今は初めての花でもどんな技法や型を使えば表現できるか、だいたい分かるようになりました。お客様からブーケの写真を渡されて「こういうイメージのケーキを」と言われると、どれだけ近づけて作れるかなとワクワクします。

「今日もこの後、友人に会いにいきます」と鈴木さん。できるだけオンとオフのめりはりをつけるよう意識している

 それから年に1回は、インスピレーションを得るためにニューヨークに行くようにしています。ケーキのコンペティションを見に行ったり、日本では手に入らない新しい道具の買い出しに行ったり。そのためにお金をためようという目標にもなっているんです。

 帰国した当初は、「ケーキデザイナー」と検索しても私の名前しか出てこないくらいでしたが、この数年でケーキデザイナーという職業が少しずつ知られるようになってきたかなと思います。テレビで取り上げていただいたりしたおかげで、ケーキデザイナーを目指す人も出てきました。「ケーキ作りを教えてほしい」という希望もたくさんいただくのですが、なかなか時間がなくて。でも、今度本を出版してレシピを公開することになりました。興味を持ってくださる方に、一つこういう形でお応えできるのはうれしいです。

 自分のためだけに作られたケーキをもらって幸せな気持ちになるのは、どの国の人であっても同じです。オーダーメードでケーキを楽しむ文化が、もっともっと日本に広まればいいなと思います。

聞き手・文/谷口絵美 写真/西田優太


鈴木ありさ(すずき・ありさ)
スペシャルティ・ケーキデザイナー
大学在学中に訪れたアメリカ・ボストンでケーキビジネスの存在を知り、日本でスペシャルティ・ケーキの文化を広める存在になることを決意。2009年にニューヨークのThe Culinary Institute of Americaのペイストリーアーツ学科に入学し、製菓やケーキデコレーションの技術を学ぶ。2年次には国際コンペティションで最優秀賞を獲得。帰国後、「Alisa Suzuki Cakes」を立ち上げ、現在は国内で結婚式やイベント向けにケーキを製作するほか、レシピ開発なども行っている。著書「ALISA SUZUKIのスペシャルティ・ケーキとデコレーション」が7月13日に発売予定

Provider

日経ウーマンオンライン

2017/07/03掲載記事を転載
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