「悪意なきおじさんたち」が妹世代の可能性の芽を摘む

「悪意なきおじさんたち」が妹世代の可能性の芽を摘む

2020/07/22

私たちは「いいおばさん」になりたくない

心と体、食、社会課題に関わり続けてきた作家、落合恵子さん。人生後半戦に向けて揺れ動くARIA世代に伝えたいことがたくさんあるといいます。「あなた」を生きるのはあなた以外にいない――そんなメッセージを込めて、暮らしと仕事、家族、社会の今を通して「忘れてほしくないこと」を届けます。

 今回は、「いいおじさん」について考えよう。

 子どもの頃に読んだ『こぶとりじいさん』ではない。そういえば、友人はかなり大きくなるまで、『こぶとりじいさん』とは、「小太りなおじいさん」だと思っていたという。

 さて、「いいおじさん」である。悪いおじさんより、いいおじさんのほうがいいだろう。悪徳より、善良だ。

 周囲に忖度(そんたく)を強いたり、力でもって周囲を蹴散らしたり、改ざんなどしてしまうおじさんよりも、いいおじさんは善良であるだけに救いがある、と思う。

 そう。「いいおじさん」とは、「善きおじさん」、「善良なるおじさん」のことだ。同時に善良でありたいと心から思い、善良だと思われたい、と切に願うおじさんでもあるようだ。

 待てよ。この場合、幾つぐらいから幾つぐらいまでを「おじさん」と呼ぶのか。ひとによっても違うだろうが、だいたい40代半ばぐらいから、高齢と呼ばれる年代の前あたりまで、と勝手に区切ることにする。

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日経ARIA

2020/07/17掲載記事を転載