大和証券副社長・田代桂子「世の中はフェアじゃない」前提

大和証券副社長・田代桂子「世の中はフェアじゃない」前提

2019/05/15

(上)「女性初」を背負った33年間、一つの会社で働く醍醐味とは?

金融業界の女性取締役誕生ラッシュが話題です。「なかでも意義を感じたのが、大和証券グループの『本体』の副社長に生え抜きの田代桂子さんが就任したこと」と言うのは、少子化ジャーナリストで相模女子大客員教授の白河桃子さん。前編では均等法第一世代として田代さんがどのように道を切り開いてきたのかを聞き、後編ではグローバル視点で見た日本の女性活躍推進の課題を二人が語ります。
(上)「世の中はフェアじゃない」前提 ←今回はここ
(下) 金融で女性役員増加の訳

白河桃子さん(以下、敬称略) これまで大手上場企業の女性役員は登場しても、執行役員から先にはなかなかいけないという壁を見聞きしていましたが、田代桂子さんは、まさにその壁を乗り越えました。今回の自身の昇進も含め、「女性取締役就任が金融業界からラッシュ化」しつつある現状をどう見られていますか?

田代桂子さん(以下、敬称略) 正直、「当然でしょう」と思いますね。能力と経験を豊富に持つ女性が意思決定する立場に立つことは、会社が本気で成長しようとするならば、当然の流れだろうと感じます。

白河 うれしいですね。「当然の流れ」と言ってもらえて。女性活躍推進全般についてのお考えは後編でじっくりお伺いするとして、まずは田代さんのストーリーについて聞かせてください。海外赴任期間が長く、日本のメディアにじっくり話す機会もそれほど多くなかったと聞いています。田代さんは1986年入社の「均等法第一世代」ですね。

田代 はい。就職活動をしていた頃はまだ法律が整っていませんでした。

白河 その当時から、大企業の取締役会に入るような将来を描いていましたか?

田代 いえいえ。「ずっと働きたいな」と思っていましたが、あまり深くは考えていませんでした。金融業界を選んだのも、総合職として女性が活躍しやすい環境を選んだ結果です。早稲田大学時代には、仲間たちと一緒に『私たちの就職手帖』という情報誌の制作に打ち込んでいましたので、もともと女性が働きやすい環境に対するアンテナは立っていたほうだと思います。「女性は25歳には結婚して寿退社するのが当たり前」だった時代に、子どもを産んでも働き続けられる前提で、会社選びをしていました。実際には、母親にはならなかったわけですが。大和証券は私が入社する前年から既に女性の総合職採用を始めていたことが決め手の一つでした。

白河 『私たちの就職手帖』といえば、1980年に創刊された「女子学生による、女子学生のための就職情報誌」。大卒女性の採用を行わない企業がメジャーだった時代に、独自取材によって各企業の採用の実態を実名で報じるメディアとして、画期的でした。日本の働く女性を語る一つの歴史をつくってきた田代さんが、今のポジションに就いたというのも意義深いですね。証券会社は今も昔も男社会というイメージがありますが、入社してからの働き方はいかがでしたか?

田代 バブルの駆け上がり期で、海外相手のセクションだったこともあって、男女関係なく忙しく働かせてもらえる環境でした。オフィスは不夜城状態で、夢中で働くのがとても楽しかったんです。3年働いた後、社内留学制度で経営学を学びに行きました。

白河 スタンフォード大学ですね。留学経験はご自身のキャリアにとってプラスでしたか。

田代 非常に大きな転機になりました。一緒に働く人をいかにやる気にさせるか、マネジメントについて体系的に学べたことは、経営視点で仕事をする上で役立ちましたし、素晴らしい人的資産も得ましたね。MBA時代の同級生300人のうち3〜4割は女性でしたが、今でも交流が続いていて。うち30人ほどとは、毎年1回、海辺で宿泊しておしゃべりする「女子会」を楽しんでいるんです。既に会社員生活はリタイアして、起業している女性が多いですね。

白河 かけがえのない仲間との出会いがあったんですね。マネジメントを学んだことが役立ったとのことですが、田代さんが部下を指導する上で大切にされてきたこととは?

企業が「本気」で成長を求めれば、女性の昇進は当然

田代 相性も含めていろいろな部下と一緒に働いてきましたが、最初からダメだとは絶対に諦めず、必ず「いいところ探し」をすること。どんな部下にも魅力はあるし、それを見つけたら「あなたのこういうところがチームの役に立っている」と伝えます。それだけで顔つきが変わって、自信を持って仕事に向き合えるようになりますから。

白河 個人の長所をチームへの貢献と結びつけるのがポイントですね。

田代 そして、もう一つ、大切にしてきたのは、とにかく「部下を信頼して任せる」ということです。部下一人ひとりの行動を細かく管理して報告をたくさんさせるようなコントロール型のマネジメントができるのは、せいぜい3人くらいの規模。5人以上のチームをマネジメントするとなると、個の力をいかに引き出すかにエネルギーを費やさないと、失敗すると思います。

白河 管理型から人中心の多様性マネジメントへの移行は、世の中全体の流れと思います。そのスタイルがいいと思うに至った経験があるのでしょうか?

田代 上司や周りの管理職を観察しながら学んだことです。特定の一人ではなく、「この人のこの部分を学ぼう」とたくさんの方々から吸収してきました。

白河 信じて任せた部下が失敗してしまったら?

田代 それは任せた側の責任として受け止めます。必要ならば謝りにも行きますし。判断を求められたときにハッキリと決めることも、上に立つ者の役割だと思っています。

白河 海外市場を専門にするという方向性はいつごろから意識されたのでしょう?

「昇進は『台に上がる』ようなもの」に納得

田代 私自身は自分を超ジェネラリストだと思っています。留学からいったん帰国した後はロンドンでコーポレートファイナンスを担当した後、経営企画部、IR室へ。その後、インターネット証券に6年携わった後にニューヨークへ。ロンドンとニューヨークの間は国内に14年間いましたので、当社の中で比較しても、海外に長くいたほうではないんですね。

 その間、リーマンショックも、さらに遡ってアジア危機も経験し、証券業界のダイナミックな波にもさらされました。「辞めたい」と頭をかすめたのは一度だけ。ロンドン赴任中にアジア危機で市場が急激に収縮し、仕事を前向きに楽しめなくなった時期には考えました。それも、日本に戻してもらったことですぐに解消されました。

白河 ARIA世代の女性たちからは「昇進を打診されても、尻込みしてしまう」という声もあります。かけたい言葉はありますか。

田代 ある女性の先輩から言われて納得したのですが、昇進は「台に上がる」ようなものだと。台に上がるまでは爪先立ちしてやっと見えていた景色が、台に上がれば自然体のまま見えるようになる。つまり、台に上がればラクになる。

白河 今がつらいと思っていても、昇進はそのつらさの解消につながるよ、というメッセージですね。

「私はずっとここでいい」は、組織ではあり得ない

田代 キレイな説明をすればそうです。もっとリアルに答えるとしたら、「隣に座っている自分より優れた点がない男性があなたの上司になってもいいの?」ということ。それに、組織の活性化の点からいっても、優秀な女性が同じ場所に留まるのは非生産的です。自分のためにも、組織のためにも、一歩を踏み出したほうがいいんじゃないかな。「私はずっとここでいいわ」は、組織ではあり得ません。

白河 日本企業は、育成期間が長いのもネックかもしれません。「自分がこれ以上、上にはいけない」という見込みが立つのが遅い。外資系企業では比較的数年で上に行けるかどうかの見込みが立つので、人材の流動性も高まるらしいのですが。日本企業では「私は上まで行く」と覚悟を早めに持ちづらい環境も、女性の昇進が促進されない理由でしょうか。

田代 それに関しては正直、ピンとこないのですが、何をもって幸せと感じるかは人それぞれ。他人と比較してもしょうがないのかなと思います。昇進のボールが来たら素直に受けてみる。これくらいの気持ちで備えていいんじゃないでしょうか。男性だって、昇進せずに定年を迎える人はたくさんいるわけですから。

白河 いろんな人を包括してこその組織ですよね。

田代 「自分は部長にはなれない」と分かってきた人たちをいかに活性化していくか。これこそがマネジャーの仕事だと思います。これから仕事と介護の両立も大問題になっていきますし、モチベーションを保ちつつ長く働き続けるための知見の蓄積が、日本企業全体に求められています。

 女性も今は身近なモデルが少ないから昇進に対して足がすくむのかもしれませんが、これから事例がどんどん登場すれば、「私にもできそう」と思える人は増えていくはずです。

白河 例えば「同じ職場の2年上の先輩が昇進」のような身近な事例が出ると、心理的ハードルはかなり下がりますよね。田代さんは一つの企業で華麗に昇進されたモデルですが、キャリアを考える上でアドバイスがあればぜひ。


「世の中はフェアではない」前提で闘っていく

田代 自分自身の成長と自己実現を日々進歩させていく気持ちを持ってほしいと思います。そして、何事も「こうじゃなきゃいけない」と縛られないことが大切。キャリアには縦方向だけでなく横方向にも広がれる柔軟性がある。広がる方向は人それぞれ。「こうじゃなきゃ」という縛りを無くしたら、失敗と思うこともなくなりますよ。

白河 失敗と思った途端に、人はイキイキと働けなくなる。それは会社にとっても損失ですものね。

田代 それと、誤解を恐れずに言うと、世の中は「公正公平」なことばかりではありません。上野千鶴子さんの東大祝辞も話題になりましたが、私も賛同します。理不尽なことに対し、「フェアじゃない!」と叫んでも「そうだよ」で終わってしまうだけで、エネルギーの無駄遣い。フェアではない前提で、「だったらどう闘うか」を考えていくほうがいいと私は思います。

白河 田代さんの経験でも印象的な出来事が?

田代 私自身は天性の楽天家かつ鈍感なタイプなので、あまり覚えていないんですよ(笑)。満員電車で押されても、「この人、きっと家で嫌なことあったんだね」と消化しちゃうタイプなので。仕事のモチベーションが下がるのも体調不良のときくらい。

 もちろん、自分の提案が通らないときは少し落ち込みますが、「この部分が足りなかったのね」と原因分析できれば消化できます。40歳を迎える前には、「結婚して子どもを産む人生を歩まなかったことに、私も落ち込んだりするかな」と思ったのですが、その時期もアッサリと過ぎ去ってしまいました。

 きっと、人と自分を比べない性格がプラスに働いているのかもしれないですね。副社長という立場のプレッシャーも、本人があまりよく分かっていないかもしれないです(笑)。

一つの会社で働き続ける醍醐味とは?

白河 なるほど。そのポジティブ思考が田代さんの最大の強みなのかもしれないですね。これだけの大企業の要職に就いた女性が、こんなに自然体であるというのが勇気づけられます。これから成し遂げたい目標は?

田代 世界に向けて、日本のプレゼンスを高める仕事をしていきたいですね。人生100年時代に対して真剣に備えているのは、世界の中でも日本人が先進事例。個人資産の備えという点で、高齢化・長寿化の社会で証券会社ができる役割は大きいと思います。

 私が仕事をしていて一番うれしいのは、チーム一丸となって取り組んできた案件が実を結んだ瞬間です。そして、最近感じるのは、一つの会社でずっと働くことの醍醐味。エレベーターの中で、ばったり20年前の懐かしい顔と出会ってお互いの仕事を報告し合えたり。そんな時間を共有できる仲間がたくさんいることが、私の宝です。

取材・文/宮本恵理子 写真/洞澤佐智子