小笠原伯爵邸 おおらかで繊細な装飾に宿る生命の賛歌

小笠原伯爵邸 おおらかで繊細な装飾に宿る生命の賛歌

2020/06/10

【新連載スタート】昭和初期に建てられた貴族の邸宅は、なぜ「スパニッシュ・スタイル」を採用したのか

特別な日に訪れたいレストラン、忙しい時間を忘れてゆったり過ごせる雰囲気のいいカフェ…愛されるお店には、料理はもちろん、空間にも訪れる人を引き付ける魅力があります。「建築を知ることは、人生を豊かにする」と語る建築史家の倉方俊輔さんが、食欲と知的好奇心を刺激するスポットを厳選。昭和初期の名建築から現代のモダンな空間まで、バラエティー豊かな建築の味わい方を紹介します。

最後の小倉藩主の長男、小笠原長幹伯爵の本邸

 建築には物語があります。誰がつくったのか、笑みがこぼれる秘訣は何で、今の私たちの目の前に届くまでにどんな経過をたどってきたのか。口にすれば、おいしいと分かる一皿のように、心動かされる建築も、少し言葉を添えることで、味わいが深まるものかもしれません。料理と一緒に空間を旅し、歴史のさんぽを始めましょう。

 初回に訪問するのは「小笠原伯爵邸」。モダン・スパニッシュの名店です。本場スペインで修業を重ね、日本の食材にも造詣が深い料理長、ゴンサロ・アルバレス氏の技術と着想が、季節感豊かな逸品を生み出します。

 一皿を囲む楽しみは、もっと広い空間にも及んでいます。都営地下鉄・若松河田駅が、小笠原伯爵邸の最寄り駅です。地上に上がれば、樹齢を重ねた大木の緑に映える、クリーム色の外壁に気づくでしょう。遠くに望む玄関部から、物語はすでに始まっています。先を急がず、一つひとつの空間を順に受け止めていきたいと思います。

 店名は、この建物が最後の小倉藩主の長男、小笠原長幹(ながよし)伯爵の本邸だったことに由来します。江戸時代に小倉藩下屋敷だった敷地に1927年(昭和2年)に建てられました。イギリスのケンブリッジ大学に留学し、その後、貴族院の有力議員としても活躍した長幹の立場にふさわしい、西洋風の立派なつくりです。

 完成した時、長幹は42歳、これを設計した建築家は74歳を迎えていました。開国以後、日本はヨーロッパの流儀に根差した建物を設計し、現場を指導して完成まで持っていける人間を必要としていました。彼らと対等の扱いをしてもらうためです。

 政府はイギリス人のジョサイア・コンドルを工部大学校(現在の東京大学)の教師として雇い入れ、彼に本格的な西洋建築のつくり方を学ぶことにしました。最初に教えを受けた一人が、東京駅などを設計した辰野金吾です。辰野と同じ学年に片山東熊(とうくま)がいて、迎賓館赤坂離宮を手掛けます。彼らと同期の曾禰達蔵が、小笠原伯爵邸を完成させました。

小笠原伯爵邸の外観

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日経ARIA

2020/06/03掲載記事を転載