ニュージーランドの教育の核「共感」「思いやり」「尊敬」

ニュージーランドの教育の核「共感」「思いやり」「尊敬」

2019/08/09

教師はHeart、Head、Handsの3つの「H」を使って生徒に教育の核を伝える

ニュージーランドには、小・中・高あわせて2500以上の公立学校があり、95%以上の生徒は公立校に通っています。しかも、私立や公立に関係なく、国が監査機関を設け、教育の質を保証する制度を確立しており、教育水準を高いレベルで保っています。また、科学、技術、工学、芸術、数学を統合的に学習するSTEM教育にも積極的で、デジタルデバイスを小学校から積極的に取り入れた授業を展開しています。未来教育指数で世界1位をとったこともあるニュージーランド教育が大事にする“価値”について、都内で行われたセミナーからリポートします。

未来志向のニュージーランド教育

 英エコノミスト誌の「世界各国の未来に向けた教育(未来教育指数)を行っている国ランキング」で2017年に1位をとったニュージーランド(2018年はフィンランド、スイスに次いで3位)。美しい自然に恵まれ、治安が良く、穏やかで、教育の質が高く、日本からも教育のための留学や移住をする人が多い教育先進国です。ニュージーランドがいかに教育で注目されているかという点は、以前のDUAL記事をぜひ参照してください(こちら ニュージーランド留学人気 未来教育指数「世界1位」)。

 さらに、働く女性の活躍がめざましく、現在のジャシンダ・アーダーン首相はニュージーランドで3人目となる女性首相で、就任後に産休も取得しました。女性管理職率は日本の3倍近く、2018年の世界ジェンダーギャップ指数(WEF発表)では第7位。ちなみに日本は149カ国中110位です。

 そんなニュージーランドが教育の核として大事にしているのが「Value=価値」です。では、その価値とは何なのか、4月25日に行われた教師向けセミナー「グローバル人材育成に資する指導と実践」から学んでみましょう。

 「ニュージーランドの公用語は、先住民の言語であるマオリ語、英語、そして手話です。ニュージーランドでは、聴覚障害のある子どもも、英語を母国語としない子どもも障害のない子どもたちと同じクラスで学び、同じように教育を受けます。もちろんそうした生徒をサポートするために特殊技能を持った教師が、必要な生徒に付いて支援をするのです。ニュージーランドの教育の根本にあるのは、“Learning for All”。全ての子どもに平等に学びを与え、そして生徒同士、教師同士、さらに教師も生徒から学ぶという、お互いに学び合うことを大事にしています。そして、学びの核になってくるものが“Value=価値”なのです。生徒にどんな価値を伝え、与えていくのかを根底を常に意識していくことが、これからの時代を生きる子ども達自身を育てていくのです」

 今回講師として来日したニュージーランドのオークランド工科大学のハワード・ヤングス博士はそう語ります。ニュージーランドの教育カリキュラムの中でも、生徒たちが学ぶべき教科やスキルの内容とともに、このvalue=価値についてしっかりと明記されており、全教科を通す横串として不可欠なものだそうです。

ニュージーランドの教育について講義するヤングス博士


尊敬、共感、思いやりを教育の軸に置く

 ニュージーランドの教育の中で重視される「価値」には様々な項目がありますが、特に大事なのが“Respect=尊敬”“Empathy=共感”“Compassion=思いやり”の3つ。まずは、一人ひとりの子どもは異なり、それぞれの個性やバックグラウンドを持っていることに対する「尊敬」の念。これは、同時にみんなを平等に扱うということでもあります。平等に一人一人が大事であるという意識を必ず持つことです。

 そして、「共感」と「思いやり」を持って接することで、押し付けることなく教師も生徒から互いに学び合い、生徒同士、教師同士も学び合うことができるのだといいます。他にも、価値には、“Diversity=多様性” “Inquiry&Curiosity=探究” “Equity=平等” “Community&Participation=コミュニティーと参加”などがあり、どれも人を育てる核として忘れてはいけないことだとヤングス博士は強調します。

 「さらにそれを教師が“Heart=心”“Head=頭”“Hands=手”の3つのHを使って伝えていく必要があります。どれか1つでも欠けてしまうと、生徒には届かないでしょう。どうやって伝えるか頭で考え、生徒一人ひとりのことを知り思いやる心を持ち、そして手や体を動かして向き合うのです。この3つは固いロープのように絡み合って1つの大きな力を発揮するのです」とヤングス博士。

全員で協力が求められるワークショップ。一人ひとりが異なる絵を持ち、ストーリーの順番に相談して並べ替えていく。初めて同士でも場が盛り上がる


全員で協力が求められるワークショップ。一人ひとりが異なる絵を持ち、ストーリーの順番に相談して並べ替えていく。初めて同士でも場が盛り上がる

 一見、当たり前のことのような価値や生徒への姿勢ですが、これらを実際に日常の中で考えて実行していくことは容易ではないでしょう。

 ニュージーランドでは、それを何度も教師同士が互いに問いかけ合ったり、振り返りをして(Inquiry&reflection)、日々の中で埋もれることがないようにしているのだといいます。事務的な会議時間を減らす学校も増えているそうで、その時間を授業設計や教師同士の学び合いの時間に費やすことができるようになっています。

 まさに、こうした双方向の探究をすることで子どもたちの教育に本当に必要なもの、無駄な部分がそれぞれより明確に分かるようになったそうです。日本でも教師の働き方改革で目指そうとしている、効率的に時間を使うイノベーションが、ニュージーランドの学校ではすでに進んでいることが分かります。

探究型学習と振り返りで生徒の理解を深める

 ニュージーランドも日本のように国の教育カリキュラムについて、常に見直しをしています。「探究型学習(Inquiry-Based Learning)」という言葉が教師の教育的手段として初めて登場したのは、2007年の改訂から。それまでも現場での実践はされているところもあったそうですが、この年に明確に認識されるようになったといいます。それは、生徒主体の探究だけでなく、教師にも教育的手段としてinquiry(探究)という言葉が使われるようになった分岐点でもあります。

 さらに、ニュージーランドはICTの教育への導入にも積極的です。

 「ICT を使って教育をすることは、生徒が自分で情報にアクセスし、選ぶことができるということです。その時教師は、どの情報を選んだらいいのかという方向性を見せる役割ができるでしょう」

セミナーの会場となったTokyo Global Gatewayは、東京都教育委員会が主体となって作った通称“英語村”。8人1組にネーティブ講師が付き、様々なプログラムを英語で行う


セミナーの会場となったTokyo Global Gatewayは、東京都教育委員会が主体となって作った通称“英語村”。8人1組にネーティブ講師が付き、様々なプログラムを英語で行う

 「今の時代の子どもたちは、デジタルネーティブ。そんな世代のICTアクセスを制限することは、逆に世界を狭めることになりかねません。一方で、得た情報をどのように精査していくかという目は養われていないため、そういうときにこそ教師がガイドすべきです」とヤングス博士は言います。

 セミナーでは、参加した教師たちがグループに分かれて、様々なワークショップを行いました。

 ヤングス博士は「ここには10年、15年以上の経験を持った教師が40人以上います。その人たちがこうして経験や考えを共有していくことで、それはどんどん広がり、何倍にも増えていくのです。ICTツールはそれに近いものがあります。とても便利で、それだけの知識や経験にアクセスできるものを生徒に許可しない手はありません。その情報の選び方、見方を示していくのが皆さんの役割です」と教師たちに呼びかけました。

 セミナーでは、参加者全員が協力して解決していくプロジェクトや、グループで教育に必要な価値を改めて話し合うワークショップなども開かれ、教師たちは「またこれを生徒たちと取り組んでいきたい」と、柔らかな表情で会場を後にしていました。

グループで教師に必要な価値とは何かについて話し合う。それぞれの子ども時代の恩師について思い浮かべながら相談し、カテゴリーを分けていく


グループで教師に必要な価値とは何かについて話し合う。それぞれの子ども時代の恩師について思い浮かべながら相談し、カテゴリーを分けていく

取材・文/岩辺みどり