「失敗」した? それは「成功の糧」と考えて前を向く

「失敗」した? それは「成功の糧」と考えて前を向く

2017/11/20

町工場の星・諏訪貴子さんからのメッセージ【2】

 専業主婦から一転、父の残した町工場の社長になり、数々の危機を乗り越えて会社を成長に導いた功績を認められ、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013」を受賞した諏訪貴子さん。その激動の半生をつづった著書「町工場の娘 主婦から社長になった2代目の10年戦争」(日経BP社)が、このほど、内山理名さん主演のドラマ「マチ工場のオンナ」としてNHKで放送されることになりました(11月24日22時から、NHK総合で放送開始)。
 悩んだとき、迷ったとき、ピンチをチャンスに変えるにはどうすればいいのか。諏訪さんから、働く女性たちへのメッセージを3回にわたり公開していきます。第2回は、諏訪さんが苦境をどのように乗り越えてきたのかをお届けします。

<過去記事>
第1回 主婦から社長業へ「夢どころじゃない、でも焦らない」

新しいことを始めるときの基準は「楽しめるかどうか」

――諏訪さんは経営者として、これまでさまざまな「決断」をしてこられたと思います。働く女性の中には、自信のなさからなかなか決断できない、リーダーシップが取れないという方が少なくありません。さまざまな決断をする上で、諏訪さんが心がけておられることがあればぜひ教えてください。

諏訪さん(以下、敬称略) そうですね。私が新しいことを始めるときの判断基準は「楽しめるか、楽しめないか」なんです。だから何かを決断するときは、「よし、楽しもう!」という気持ちで決めています。

 未知のことに対する怖さや不安はもちろんあります。そんなときには、決断の結果、うまくいっている自分の未来の姿を想像するんです。楽しみな気持ちが不安を上回ったときに決断し、やると決めたら即行動するのが私のやり方です。

――ダイヤ精機の社長になることを決断したときも、やはり「楽しもう」というお気持ちだったのですか?

諏訪 いや、「社長になる」という決断をしたときだけはさすがに悩みましたね。経営者になるという決断は、一方通行なんです。会社に普通に就職するのと違って、辞表を出して「辞めます」というわけにはいかないですし、社員も守らなければなりません。一度決断したら、あとは社長として生きていくしかないんです。

――「社長になる」という大きな決断を後押ししてくれたのは何だったと思いますか?

諏訪 ダイヤ精機の前社長だった父が64歳で急逝したとき、最期の表情が笑顔だったんです。その顔を見て、やりたいことを思う存分やって駆け抜けた父は、短くも太い、いい人生を送ったのだなと思いました。だから私も、「前に進まなきゃ」「一度しかない人生、後悔しない道を選んで精いっぱい生きよう」と感じたんです。

 とは言え、専業主婦だった私が突然社長になったわけですから、最初は分からないことだらけでした。学ばなければならないことが本当にたくさんありましたが、「苦労」とは思いませんでしたね。それよりも、新しいことを知りたいという探求心や、ひとつずつ学び吸収していく快感を強く感じました。この道を選んでいなければできなかったことを経験できる喜びは、とても大きいですね。

仕事でも私生活でも「失敗」という言葉は使わない

――失敗が怖くて決断できないという女性も多いようです。

諏訪 これは私の信念なのですが、人生に「失敗」はないと思っているんです。失敗のように見えたとしても、それは成長の過程でしかない。「失敗」という言葉を使うと、自分自身も委縮してしまうし、気持ちもマイナスになってしまうので、会社の中でも私生活でも、失敗と言わないようにしています。

 ダイヤ精機はものづくりの会社です。不良品を作ると材料費が無駄になり、ロス率が上がるわけですが、当社ではそれを「失敗」とは呼びません。良くないものを作ったというだけのことで、何かを失ったわけでも、負けたわけでもない。次の機会にいいものを作れば、不良品を作ったことは失敗ではなく、成功の糧になると考えています。

 私自身の決断も、人から見たら、「あれはやめておいたほうがよかったんじゃない?」ということもあるかもしれません。でも、成功と失敗の判断基準なんて、絶対的なものはなくて、失敗かどうかを決めるのは、結局自分だと思うんです。

 例えば転職して新しい会社に行ったら、以前より働きづらい状況になってしまったとします。でもひょっとしたら、その会社で学んだことを生かして、次は希望通りの転職ができるかもしれないですよね。軌道修正を繰り返しながら生きていけばいいんです。

折れそうな心を救ったシェイクスピアの言葉

――これまで経営者として仕事をする中で、諏訪さんが一番つらかったのはどんなことですか?

諏訪 社長就任後、私はリストラや社員の意識改革を進めたのですが、当初は社員たちの猛反発に遭い、そのときは孤独を感じましたね。当時は仕事に対する価値観も今ほど固まっていなかったので、「自分はなんて不幸なのだろう」と心が折れそうになったこともあります。

 そんなとき、シェイクスピアの「世の中には幸も不幸もない。考え方次第だ」という言葉に出会ったんです。世の中には「絶対にいいこと」もないけれど、「絶対に悪いこと」もない。自分が悪い方向に考えなければそれでいいんだと腑に落ちて、意識的にネガティブな思考を排除するようになりました。それが習慣になり、今では仕事の上で何か問題が起こっても、「つらい」とか「大変だ」と感じることはほとんどありません。社長になって13年、会社がピンチに陥ったことも何度かあります。そんなときでも「もうダメだ」と後ろ向きにものを考えることはなかったですね。

――眠る時間もないほど多忙な日々の中で、シェイクスピアの本を紐解かれたのは、やはり悩みに対する「答え」を探しておられたのでしょうか?

諏訪 そうですね。経営者って、実は孤独なものなんです。例えば何かを決断するとき、誰かに相談して決めるとします。そうすると、万が一うまくいかなかったとき、その人のせいにしてしまう。だから私は、周囲の提案は受け入れるけれど、相談はしないことにしています。悩んだとき、頼りになるのは本です。初めは人の気持ちを知るために小説を読もうと思ったのですが、私自身が理系ということもあり、なかなか読み進められない。「理系の人は哲学書が読みやすいよ」とアドバイスをいただいて、手始めに哲学者や文学者の名言を集めた本を読んでいるときに出会ったのが、先ほど紹介したシェイクスピアの言葉です。

 哲学書は難しいイメージがあるかもしれませんが、読んでいくと安心するんですよ。何百年も前の人が、自分と同じようなことで悩んでいた、こんなことを考えていたのは私だけじゃないと思うと、哲学者に自分を肯定してもらっているようで、私は孤独感から救われました。

<次回につづく>


諏訪貴子(すわ・たかこ)
1971年、東京都大田区生まれ。95年成蹊大学工学部卒業後、自動車部品メーカーのユニシアジェックス(現・日立オートモーティブシステムズ)入社。98年父に請われ、ダイヤ精機に入社するが、半年後にリストラに遭う。2000年再び父の会社に入社するが、経営方針を巡って対立し、退社。04年父の急逝に伴い、ダイヤ精機社長に就任、経営再建に着手。経産省・産業構造審議会委員。ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013受賞。

聞き手・文/高橋実帆子 写真/稲垣純也


「町工場の娘 主婦から社長になった2代目の10年戦争」
著者:諏訪貴子
出版:日経BP社
価格:1728円(税込)
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Provider

日経ウーマンオンライン

2017/11/20掲載記事を転載
「失敗」した? それは「成功の糧」と考えて前を向く