「これはまずいな」というピンチ、高田氏の乗り越え方

「これはまずいな」というピンチ、高田氏の乗り越え方

2018/07/23

変えられないことで思い悩まない~ジャパネットたかた創業の高田明氏

 「人生は山あり谷あり。男時(おどき)は果敢に攻め、女時(めどき)はじっと耐え忍び、やがて来る男時に飛躍するための英気を養うこと」。ジャパネットたかたの創業者、高田明さんは世阿弥のこの言葉通り、ピンチをチャンスに変えてきたとか。高田さんが波乱万丈の世阿弥の生涯に触れつつ、自らの人生を振り返ります。


高田 明(たかた・あきら)
ジャパネットたかた創業者、V・ファーレン長崎社長。1948年長崎県生まれ。大阪経済大学卒業後、機械製造会社勤務を経て、父親が経営するカメラ店で働く。1986年に独立し、カメラ販売の「たかた」(現ジャパネットたかた)を設立。ラジオ通販で手応えをつかみ、通信販売にシフト。2015年、社長を退任。2017年4月、サッカーJ2(当時)のクラブチーム、V・ファーレン長崎の社長に就任。同年11月の「奇跡のJ1昇格」に貢献した。著書に「高田明と読む世阿弥」などがある。(写真:菅 敏一)

 これまでの人生を振り返ってみれば年齢を重ねてきた分、経営者としてはもちろん、夫として父としていろいろな経験をしてきました。いいこともあれば、悪いこともある。人生は山あり谷ありです。

 自分の実力や努力とは関係なく、何をやってもうまくいくときもあれば、どんなに手を尽くしても駄目なときもあるものです。皆さんもそんな経験を一度はしているのではないでしょうか。

 世阿弥はそれを「男時(おどき)」「女時(めどき)」と表現しました。「風姿花伝」の中で、こう説明しています。

「また、時分にも恐るべし。去年盛りあらば、今年は花なかるべきことを知るべし。時の間にも、男時・女時とてあるべし。いかにすれども、能にも、よき時あれば、かならず悪きことまたあるべし。これ、力なき因果なり」(「風姿花伝」第七別紙口伝)

 男時とは勝負事において自分のほうに勢いがあるとき、女時とは相手に勢いがあるときのことを言います。世阿弥は、この男時、女時の時流は努力ではどうにもならない宿命だと捉えました。どんなに懸命に稽古しても、うまくいかないときはいかないのです。

 世阿弥の時代、能は「立合(たちあい)」という形式で、互いの芸を競い合いました。何人かの役者が同じ日に同じ催しで、勝負するのです。といっても、審判がいるわけではありません。どちらの芸がより見栄えがするか、観客の人気を集めるかで、勝敗が決まりました。

 たとえ、わずかな差であったとしても、勝てば評価が上がり、人気もうなぎ登り。負ければ人気は落ち、後ろ盾となってくれるパトロンを失うこともあったでしょう。立合は、緊張感のある、自身の座の命運を懸けた大勝負の場だったのです。

人の気持ちはコントロールできない

 人の気ほど移ろいやすいものはない。どれほど一生懸命にやっても認められないときはあります。

 観阿弥、世阿弥の父子は室町時代の将軍、足利義満のお気に入りでしたが、義満の死とともに不遇の時代を迎え、世阿弥は晩年、佐渡へ流されています。自分の努力ではどうにもならないことがある。どんな世界でも、それは同じです。明日どうなるかは、自分の力では決められません。

 日本から遠く離れた国で何かが起こっても、あるいは米国のトランプ大統領のような影響力のある人物の発言によっても、株価や為替レートが上下します。誰もそれを確実に予測することはできません。他にも消費税を上げると国が決めたとします。どんなに嫌だと思っても、自分の力で増税を食い止めることは不可能です。

 自分ではどうしようもないことなら、それに翻弄されたり、あらがったりするのではなく、受け入れる。何かが変わるのを待つことが大切です。

 待っていれば多くの場合、転機が訪れます。チャンスと言ってもいい。私の経験を振り返ってみても、「もう駄目かもしれない」というピンチを乗り越えた後ほど、必ずよい風が吹きました。

 男時に果敢に攻める。女時はじっと耐え忍び、やがて来る男時に飛躍するための英気を養う。仕事にせよ何にせよ、心に無用なさざ波を立てずに生きていく秘訣はこの一言に尽きると思います。

 では女時には、どんな心持ちで過ごしたらいいのでしょうか。「現状を受け入れたくない」と口にしても事態は何も変わりません。そんなときこそひたすら、今自分がやれることにもっともっと集中して取り組むしかない。そうすれば男時が巡ってきたとき、自分の夢に近づけるのではないでしょうか。

現状を受け入れる他、道はない

 私の経験を振り返ってみると、これまでに何回か、「これはまずいな」と思ったピンチを乗り越えてきています。

 1回目は、ジャパネットたかたの創業前、私の生まれ故郷である長崎県平戸市で、両親と4人の兄弟でカメラ店を営んでいた頃の話です。突然、あるお客様から契約を打ち切られてしまったことがありました。そのお客様の取引額は当時の年商の約3分の1を占めていたので大きなダメージでした。

 そこで心機一転、次男坊である私が平戸から30kmほど離れた佐世保市に店を出すことになりました。佐世保市の人口は平戸市の約10倍。佐世保に行けば、これくらいのことは乗り越えられると思い、立ち向かっていったのです。むしろ逆境が奮い立たせてくれました。私が30歳の時でした。

 ところが、佐世保に拠点を移してからしばらくすると、別の危機が訪れました。またも大口の顧客との取引が突然なくなってしまったのです。

 当時、カメラ販売や写真の現像サービスの他、社員旅行に同行したり、温泉旅館の宴会に顔を出したりして、写真撮影を代行する仕事を手掛けていました。ある時、そうした記念撮影の仕事で懇意にしていた団体に何の前触れもなく切られてしまったのです。

 月商がやっと300万円に届いた頃で、その団体だけで毎月50万円くらい売り上げていましたから、それはもうショックでした。

 その団体とは5年ほどのお付き合いがありました。毎年正月三が日に記念撮影があり、妻と子ども3人を連れて行くのが恒例でした。契約解除の理由は値段だったのか、他の要因だったのかは分かりません。

 この時も、平戸のときと同じでした。平戸のときは佐世保に移った。では今回はどうするか。自分で変えられることは何かと考えました。

 私はこれを境にこの取引先を諦め、個人客中心に広く商売をしようと心に決めました。そうすべきだという気持ちがふつふつと湧いてきたのです。大口のお客様はもちろん大事です。ただ、それにも増して顔が見える一人ひとりのお客様を大事にすることの重要性をこの時強く感じたのです。

 「平戸じゃなければ商売できない」「あのお客様がいなければ利益が出ない」。そんな特定の考えに固執していたら、環境が変わったときに身動きができなくなります。

 外部環境に変化が起きたら、「自分ではどうすることもできない部分」は諦めて、「自分でどうにかできること」に集中するしかありません。

過去でもない未来でもない今を懸命に生きる

 現状を受け入れ、やれることには八方手を尽くして天命を待つ。それでも、どうにもならないこともあるかもしれませんが、一心不乱にやっていれば、最後は誰かが助けてくれる。私はそう信じています。

 人生にはうまくいかないときもあります。そのときは少し我慢しながら、過去でも未来でもない、今という時を一生懸命に生きればいい。それ以外に自分に降りかかってくる問題を解決する手立てはありません。今に200%、300%のエネルギーを注ぐのです。そうすれば明日が変わり、明日が変われば1年後も変わります。

悩みの99%は悩んでもどうにもならない

 人の悩みの99%は、悩んでもどうにもならないこと。過去の出来事にとらわれたり、将来のことを不安に思ったり、みんな悩まなくていいことで悩んでいます。つまり、ほとんどの人が自分ではどうにも変えようがないことで息苦しくなっているのではないでしょうか。

 過ぎてしまったことは、自分の力ではどうにもできません。私はどんなときも起きたことを受け入れました。その上で何ができるか、どう変えていくかを考え、本当に必要だと思うことに全力を注いだのです。

 ひたすら目の前の課題に没頭すればいい。取り組んでみたけれど、うまくいかなかったら別の方法を試せばいい、成功したら続けてみればいい。複雑に考え過ぎず、シンプルに考えることです。そんなふうに考えると、少し気が楽になってきませんか。

 あとは他人からしたら明らかに失敗に見えるようなことでも、失敗と思わないような心の癖をつけるといいと思います。

 私は、500個は売れると思った商品が100個しか売れなかったとき、「100個しか売れなかった」とは思いません。「商品自体は素晴らしい。売れなかったのは、商品の魅力がきちんとお客様に伝わらなかったからだ。紹介方法などを軌道修正して、次は500個を超えよう」と考えます。

 目標の達成を目指してどんなに努力しても、目標に届かないこともあります。でも、毎日常にベストを尽くしていれば、かなりの確率でいつか目標に到達します。何より大切なのは、プロセスの中で200%、300%の力で物事に取り組んでいるかどうかだと思います。

 「もうこれ以上できない」というレベルまで日々全力で仕事をしていたら、結果的に失敗したとしても、すぱっと気持ちを切り替えられるのではないでしょうか。

 つまり、目の前で起きていることをどう解釈するか次第だということです。悲観的になれば消極的になり、楽観的に捉えれば前進する力になります。心の持ち方一つで、どんな問題が降りかかってきても、必ず乗り越えていけるもの。だから私はくよくよと思い悩んで眠れないということがほとんどないのです。

 「得な性格」だと周りから羨ましがられることもありますが、単なる楽観主義者でもないつもりです。状況を漫然と傍観することなく、自分ができることに前向きに取り組んできた。私は、そう思っています。

聞き手・文/荻島央江 人物写真/菅 敏一 イメージ写真/PIXTA


「高田明と読む世阿弥 昨日の自分を超えていく」
著者:高田明、監修:増田正造
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日経ウーマンオンライン

2018/07/23掲載記事を転載
「これはまずいな」というピンチ、高田氏の乗り越え方