尾原和啓 今、求められるのは「女神的」リーダー

尾原和啓 今、求められるのは「女神的」リーダー

2019/05/22

第3回 あなたの中にある「ラブレター」を探してみよう

AIやネットの進化で変化のスピードが加速する中、成功する組織の在り方も変わってきています。そんな時代をリードしていく鍵になる発想として、尾原さんは「自分の中の“ラブレター”を探してみて」とアドバイスします。一体、どういうことなのでしょうか。

 皆さんは「女神的リーダーシップ」(プレジデント社)という世界的に大ヒットした本をご存じでしょうか? これは、新しい時代のリーダーに求められる資質が、「共感力」や「表現力」など、女性に特徴的な能力に変わってきている、という内容の本です。

 個人的には、これらを女性特有のものとすることには少し疑問もあるのですが(共感力の高い男性もいますし、逆に相手の気分が気にならないからこそ、スパッと意見できる女性だっています)、一方で、今後のビジネスシーンに求められる人材を知る上で、とても参考になる本だと思います。

 そもそもこの本、元の英題は「アテナ ドクトリン」でした。和題は「女神的、つまり女性特有の力がビジネスで求められている」という印象も受けるタイトルなのですが、英題本の文脈では、「ギリシャ神話の神々の中で、女神・アテナのような力を持つ人こそ、今求められている」と主張しているのです。そこでこの記事では、女性特有ではなく、あくまで「アテナ的な能力」として、今求められている人材像についてご紹介します。

組織が変われば、求められるリーダーも変わる

 この本によれば、ここ数年、世界で成功しているリーダーが示す特徴の多くは、「誠実」「利他的」「共感力がある」「表現力豊か」「忍耐強い」ことなどが挙げられます。

 かつてのトップダウンな組織の中では、相手の裏をかいたり、利己的で意思が強かったり、相手の気持ちをくまずに命令できる人のほうが優秀とされがちでした。しかし、今後はAIやネットの進化で世界中の人々がライバルになります。新たなシステムやビジネスモデルが次々と生まれて、昨日までは勝者だった企業がある日突然転落することだってどんどん始まるでしょう。

 そうなると、これまでのような数字だけを追う市場マーケティングでは、消費者行動を読むことが難しくなるのです。企業も柔軟に戦略を変えないといけないので、おのずとトップダウンな組織体系では立ち行かなくなります。そこで、仕事で未知の壁に直面したとき、部下の意見に耳を傾ける「共感力」や「謙虚さ」、その声を周囲に伝える「表現力」を備えたアテナ的な素質を持つリーダーがいる企業こそ、よりよい解決策を見いだしていけることが、既にデータで分かっているのです。


今、求められているアテナ的な人材とは

 では、より具体的な人物例を見てみましょう。最近目立って活躍しているのは、遠い要素を掛け合わせてイノベーションを起こす人々です。例えばゆうこすさんのように、アイドルからモテクリエイターとか、西野亮廣さんのように、芸人でありながら絵本作家になった人たちです。実は彼らも、アテナ的な要素を持っているのです。

 というのも、イノベーションを起こすために遠い分野同士を掛け合わそうとすると、自分から遠い人たちとの共感力や伝達力が、ものすごく大事になるんです。例えば、新潟県三条市にある老舗の金物屋さんと、最新のAI技術を組み合わせるプロジェクトがあるとします。ここで求められるのは、両者が何を最も大切に考えているか、何によって世界を変えようとしているのか、どちらの心にも「共感」できる人材です。

 同時に、一見真逆にある両者のどちらにも共感できる人は、両者には見えない、お互いの共通点を見つけることができます。そして、この共通点を「表現する力」こそが、プロジェクト成功の鍵を握るのです。

ゆうこすさんは「ラブレター」の受け取り手を探すのが上手

 もう一例を挙げます。ゆうこすさんは、相手の共感ポイントをつく表現をすることに非常に長けた人です。彼女はアイドルをやめた後、芸能事務所から男性向けのグラビアとして売り出されようとしていました。同時に、スキャンダル報道のためにSNS発信をするのが怖くなり、どん底状態になった。しかし、ゼロからの再スタートだと分かったら、自分は男性だけに向けてアイドルをやりたいのではなく、「男女関係なくモテたいのだ」ということに気付いたそうです。

 そこで彼女はターゲットを「私と同じようにモテたい女子たち」に定め、モテクリエイターとしてSNSなどで発信していくことになりました。そこで注力したのが、「私に共感してくれる人のことを考えて、その人に向けて発信する」ということでした。

 共感力と表現力を生かした彼女の戦略は、非常にアテナ的と言えます。初めは多くの批判が届いたそうですが、その中に、クラスに3人はいる「モテたいけど人目が気になって何もできない人たち」の反応が交ざり始め、やっと自分に共感してくれる人を見つけたのでした。やがて活動を続けていくうちに、「クラスに3人の女子たち」が100万人集まっていったのです。

 ゆうこすさんに見るアテナ的能力は、言い換えれば、「私のラブレターを受け取ってくれる人を探し出す能力」とも言えます。僕はどんな人にも、「自分と同じような誰か」に差し出したいラブレターがあると思うのです。例えば僕はコミュ障なので、「僕は人見知りなりに、どうすれば誰とでも仲良くなれるのか考えてきた。その思いと、僕が培った技術を誰かと分かち合いたい」というラブレターがあります。この「ラブレター」こそ表現力の結晶であり、「分かち合いたい」という思いこそ、共感力の本質なのだと思います。つまり、自分と同じように傷ついたり、喜んだりする人と、思いを分かち合う力です。

 「誰かと分かち合いたいラブレター」は、あなたの中にも眠っているのではないでしょうか。実はそれこそが、アテナ的な力であり、これからの時代でイノベーションを起こす鍵でもあるのだと思います。

取材・文/小野田弥恵 イメージイラスト/PIXTA

Profile
尾原和啓(おばらかずひろ)
IT批評家
京都大学大学院で人工知能を研究。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、NTTドコモのiモード事業立ち上げを支援。その後、リクルート、Google、楽天(執行役員)などで新規事業や投資に従事。経産省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。シンガポール・バリ島を拠点に人・事業を紡いでいる。ボランティアでTED日本オーディションに従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。新刊:『アフターデジタル』 公式ツイッター:https://twitter.com/kazobara

Provider

日経doors

2019/05/16掲載記事を転載
尾原和啓 今、求められるのは「女神的」リーダー