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一人ひとりに適した情報を届ける大事さは今も昔も同じ

一人ひとりに適した情報を届ける大事さは今も昔も同じ

落語をヒントにコミュニケーションのコツをつかむ

近年、落語の人気が急上昇。落語ブームにあやかって、ビジネスでも「つかみはOK」となるようなコミュニケーション術を、本コラムではお話ししていきます。

転職に初めて踏み切るという方も、転職のチャンスをうかがっている方も、自分という唯一無二の価値ある商品を売り込む有効な術として、ぜひ参考にしてください。

※文/山田敏弘(岐阜大学教育学部教授、専門:日本語学・方言学)

一人ひとりに適した情報を届ける大事さは今も昔も同じ

 ビジネストレンドを表す最近の言葉に、「パーソナライゼーション」というのがありました。「パーソナライズ」、つまり個人向けに商品をアレンジすることが、インターネットの普及した現代では必要な考え方となってきたと言えます。さらに人工知能(AI)を駆使すれば、個々の顧客に最適な商品を作れます。これからの世の中では、大量生産・大量消費の廉価物とパーソナライズされた高級品の二極化がますます進んでいくでしょう。

 いやいや、ちょっと待ってください。顧客一人ひとりに合わせていくなどということは、昔からあったことでは? そのあたりを落語から考えてみましょう。

現代にも通じる、他人をよく観察する「目利き」

 落語「ねずみ」は、日光東照宮の眠り猫でも有名な彫刻職人である左甚五郎(ひだりじんごろう)が、仙台の宿場町で世話になった宿屋「鼠屋(ねずみや)」の親子に同情し、動くネズミを彫った噺です。この宿屋だからこそ、この親子だからこそと合わせて彫刻を作り、実際に受け取った方もそれを最大限活用して宿屋を流行らせる。これなどは、まさにパーソナライゼーションそのものです。

 左甚五郎ほど有名ではなくとも、落語の中の職人というのは、こういう人情をもった人間として描かれます。大工や左官のような職人として描かれることの多い熊五郎などは、乱暴者だが面倒見がよく他人をよく見ています。女房の懇願で一念発起した「芝浜」の中の熊五郎(勝という名で演じる噺家もいる)は、この「目利き」でもって、客に合わせた魚を売り歩き大成功をします。

 江戸の昔でも成功の秘訣は、ニーズ調査と眼識であり、そのニーズに合わせたパーソナライゼーション、つまりは適切な対応だったというわけです。

真のパーソナライゼーション アフターケアも万全に?

 落語の大作に「浜野矩随(はまののりゆき)」という噺があります。名人だった父親の後を継いで彫り師となった矩随が、あまりに拙い作品ばかりを作っていたため、最後には父親への義理で矩随の作品を買ってくれていた若狭屋甚兵衛からも見放されてしまいます。死ぬ覚悟で作った作品を認められたはよいが、それと引き換えに母親を失うという人情噺。まさに、命を懸ける覚悟がないと、顧客の求めるよい作品はできないということなのでしょう。

 パーソナライゼーションが、単なる個人別の「お勧め」ではなく、真に求める商品の提供だとすると、もうこれはオーダーメイドの世界。それでも、より多くの人に、その人が求める品を届けていくことこそ、これからの時代に求められる商法なのでしょう。ここで、AIの選択にどこまで「魂」を込められるのかが、成功の鍵となることには変わりなく、その「魂」の入れ方こそ、落語から学ぶべきことと考えます。

 さて、前段で取り上げた「ねずみ」でも、後日談があります。「鼠屋」の前の宿屋「虎屋」が虎の彫刻を看板にしたところ、彫り物のネズミが動かなくなったと聞いて、左甚五郎は遠路、江戸から駆けつけます。そうして、ネズミにどうしたと問いかけると、ネズミが「あれ、虎なの? なーんだネコかと思った」と動き出します。真のパーソナライゼーションでは、アフターケアも万全といったところなのかもしれません。

山田敏弘(やまだ・としひろ)

岐阜大学教育学部教授(専門:日本語学・方言学)

1965年岐阜県生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院博士課程前期課程修了。大阪大学大学院博士課程前期課程を経て博士取得(文学)。国際交流基金派遣日本語教育専門家としてローマ日本文化会館で勤務経験を持つ。著書は「国語を教える文法の底力」「国語教師が知っておきたい日本語文法」「日本語文法練習帳」(くろしお出版)、「日本語のしくみ」(白水社)、「日本語のベネファクティブ」(明治書院)、「その一言が余計です。」(ちくま新書)、「あの歌詞は、なぜ心に残るのか」(祥伝社新書)など。2016年4月から17年3月まで、ラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送、毎月第3木曜深夜)のコーナー「暮らしの中のことば」に出演した。