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今でいう小学校の頃から働き始めた江戸時代の定年とは???

今でいう小学校の頃から働き始めた江戸時代の定年とは???

落語をヒントにコミュニケーションのコツをつかむ

近年、落語の人気が急上昇。落語ブームにあやかって、ビジネスでも「つかみはOK」となるようなコミュニケーション術を、本コラムではお話ししていきます。

転職に初めて踏み切るという方も、転職のチャンスをうかがっている方も、自分という唯一無二の価値ある商品を売り込む有効な術として、ぜひ参考にしてください。

※文/山田敏弘(岐阜大学教育学部教授、専門:日本語学・方言学)

今でいう小学校の頃から働き始めた江戸時代の定年とは???

 公務員の定年を年金受給に合わせて、65歳に引き上げようという動きがあるようです。日本経済新聞が2019年1月9日付朝刊の1面で伝えていました。それから約1年、地方公務員でも徐々に定年延長が始まりそうな気配です。

 一方、厚生労働省の調査によると、民間企業で65歳まで働き続けられる企業は2割程度しかないとの結果もあるようです。ただし、さまざまな再雇用制度を組み入れて、働きたい人に働けるうちは働いてもらうことも当たり前になりつつあります。なにより、働かないと食べていけないとの切実な事情がある方も少なくないようで、60代での転職も増えています。

 さて、江戸時代はいったいいつまで仕事をしていたのでしょうか。そのあたりを落語からひも解いてみましょう。

今より定年はずっと後 70歳まで当たり前のように働く

 落語と言えば、ご隠居さんが悠々自適の生活を送る話もたくさんあります。「茶の湯」や「化け物使い」などにも、道楽に走り、気ままなご隠居さんの姿が描かれますので、落語にご隠居さんは欠くことのできない登場人物と言えます。

 このようなご隠居さんは、年齢に関係なく、身代を譲る息子が一人前になれば店を任せ、自分は家業を離れて悠々自適とばかりに趣味に生きます。家業に口出しするなどはみっともないことであったことが、噺からもうかがわれます。

 そもそも、江戸時代は今よりもずっと働く期間は長く、丁稚奉公から始めれば、それこそ小学校の年齢から働き続け、働けなくなったら止めるという状況だったようです。さらに役人などは、70歳まではふつうに働いていたようですから、今より定年はずっと後だったようです。

 明治時代になって、軍などが55歳定年を取り入れ、今あるイメージが作られました。

定年がない落語家 引き際は自らの信条に従う

 落語会に行くと、落語家の身分は、前座から始まって二つ目、そして真打ちと上がっていき、最後に「ご臨終」が来るのだという話をよく聞きます。つまり、落語家は終生現役で定年はありません。

 もちろん、引退をした落語家もいるようで、「黒門町(くろもんちょう)」と異名を取った八代目桂文楽さんなどは、高座で失敗したことを機に、それ以降の仕事をキャンセルし、二度と高座に上がることがなかったとは、多くに語り継がれるできごとです。この潔さと対極的に、死の間際まで高座に上がり続けた落語家も多くいます。どちらも、自らの信条に従った「引き際」なのかもしれません。

 世の中は、AI(人工知能)やあらゆるモノがネットにつながる「IoT」などにより、新たな産業革命が起こり、「Society 5.0」段階へと突入していきつつあります。車の自動運転などは、まさにその象徴ですが、最近では、美空ひばりさんがAIによってよみがえり、新曲も発表されて話題になりました。

 もしかしたら文楽さんをはじめ、昭和の名人もAIで復活して、新作を披露する日が来るかもしれません。そうなると「ご臨終」もなくなり、ずっと真打ちということになるのでしょうか。ちょっと怖いような気もします。

山田敏弘(やまだ・としひろ)

岐阜大学教育学部教授(専門:日本語学・方言学)

1965年岐阜県生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院博士課程前期課程修了。大阪大学大学院博士課程前期課程を経て博士取得(文学)。国際交流基金派遣日本語教育専門家としてローマ日本文化会館で勤務経験を持つ。著書は「国語を教える文法の底力」「国語教師が知っておきたい日本語文法」「日本語文法練習帳」(くろしお出版)、「日本語のしくみ」(白水社)、「日本語のベネファクティブ」(明治書院)、「その一言が余計です。」(ちくま新書)、「あの歌詞は、なぜ心に残るのか」(祥伝社新書)など。2016年4月から17年3月まで、ラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送、毎月第3木曜深夜)のコーナー「暮らしの中のことば」に出演した。