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通年採用を先取り? 冬に仕事を探す人が多かった江戸時代

通年採用を先取り? 冬に仕事を探す人が多かった江戸時代

落語をヒントにコミュニケーションのコツをつかむ

近年、落語の人気が急上昇。落語ブームにあやかって、ビジネスでも「つかみはOK」となるようなコミュニケーション術を、本コラムではお話ししていきます。

転職に初めて踏み切るという方も、転職のチャンスをうかがっている方も、自分という唯一無二の価値ある商品を売り込む有効な術として、ぜひ参考にしてください。

※文/山田敏弘(岐阜大学教育学部教授、専門:日本語学・方言学)

通年採用を先取り?
冬に仕事を探す人が多かった江戸時代

 今春の日経新聞に、「就活の脱『横並び』合意」という記事が出ていました。従来の春季一括採用に加え、在学中の勉強や就業体験を考慮に入れて卒業後に選考する採用を取り入れるとのこと。就活も多様化の時代というわけです。

 さて、落語の世界では、通年採用は当たり前。江戸時代には、口入屋(くちいれや、別名は桂庵:けいあん)という、今で言うハローワークのようなところがあり、その話が落語にはよく出てきます。

 今回は、江戸時代の就職の話をひとつしてみましょう。

長期から短期まで様々な需要があった働き口

 口入屋が世話をする代表は、女中でした。古今亭志ん朝さんが演じる「口入屋」という落語では、男衆の気が散ることを避けるため、なるべく器量の良くない、すなわち美人ではない女中に来てもらえるよう頼んでこいと、大店の奥方に言われたにもかかわらず、番頭に忖度してきれいな女中を連れてくるところから騒動が起こります。美人の女中に色めき立つ店の男衆の様子を、志ん朝さんお得意の声色で楽しく演じます。

 有名な「百川(ももかわ)」も、口入屋で田舎なまりをもつ男を紹介された料理屋で騒動が起きる話です。二階で客の呼ぶ声が聞こえたが、女中連中がすでに髪をほどいてしまい接客できないとなり、さっそく客の前に出ることになった田舎者の百兵衛が、ことばのなまりから騒動を起こしてしまう話です。

 このように、昔は口入屋が就職の際には重宝がられたようで、六代目三遊亭円生さんの「百川」には、現在の東京・日本橋人形町界隈に当たる日本橋葭町(よしちょう)に実在した口入屋の千束屋(ちづかや)が出てきます。この千束屋は「化け物使い」などにも出てくるので、相当有名な口入屋だったのでしょう。

 江戸時代の口入屋は働き口だけでなく、武家に奉公しその後の良縁をも求める女性の求職者が多くあり、期間も長期から短期まで様々な需要があったようです。江戸時代には通年採用も当たり前だったのですね。

火事に備え、冬には奉公人を下がらせたという話も

 さて、今は春に就職という人が多いですが、それは明治5年の学制に関する法令発布以降のこと。江戸時代には、農閑期である冬に新たな仕事を求めることも多くあったようです。そのあたりの様子がわかるのが、「鼠穴(ねずみあな)」という落語です。ここは一番、立川談志さんの落語から引用してみましょう。

 亡くなった父親の財産を処分して江戸に出て大成功を収めた兄を頼って、弟も田舎から出てきて商売を始めようとします。しかし、半分もらった財産はすでに遊びに使い果たし残っていない。そこで兄に商売の元手を借りに現れます。談志さんの演じる卑屈な弟と、寛容に見せつつも丁寧語を使って距離を置く兄とのやりとりが聞かせます。

 しかし、ここで余裕のある金を与えては遊びに使ってしまいかねないと案じた兄は、弟に「三文」という金を与えます。三文は、今でも安価なはんこを「三文判」というように、はした金の意味を指しますから、せっかくおいしい料理と酒にありつけると思った弟は、「あの野郎は鬼だ」と怒ります。

 しかし、「あの野郎、どうするか見てやがれ」と奮起し、身を粉にして10年働き、蔵を3つも持つ大店の主人に成り上がります。そして10年ぶりに兄に借金した三文を返しに行くと、その晩、火事が起きて蔵の財産も焼けてしまい……という噺です。

 江戸の火事は、空っ風の吹く冬に多く、冬には予防的に奉公人を実家に下がらせたという話もあるくらいです。現代では12月に求人が多くなる傾向がありますが、昔の江戸では、冬に仕事を探す人が多かったことが伺えます。「鼠穴」の弟は、そんな冬に仕事を始めて大成功したというわけです。どんな季節に仕事を始めるにも、やる気と情熱が大切ですね。

山田敏弘(やまだ・としひろ)

岐阜大学教育学部教授(専門:日本語学・方言学)

1965年岐阜県生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院博士課程前期課程修了。大阪大学大学院博士課程前期課程を経て博士取得(文学)。国際交流基金派遣日本語教育専門家としてローマ日本文化会館で勤務経験を持つ。著書は「国語を教える文法の底力」「国語教師が知っておきたい日本語文法」「日本語文法練習帳」(くろしお出版)、「日本語のしくみ」(白水社)、「日本語のベネファクティブ」(明治書院)、「その一言が余計です。」(ちくま新書)、「あの歌詞は、なぜ心に残るのか」(祥伝社新書)など。2016年4月から17年3月まで、ラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送、毎月第3木曜深夜)のコーナー「暮らしの中のことば」に出演した。