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幸せのために働きたい 人情噺に聴き入る理由

幸せのために働きたい 人情噺に聴き入る理由

落語をヒントにコミュニケーションのコツをつかむ

近年、落語の人気が急上昇。落語ブームにあやかって、ビジネスでも「つかみはOK」となるようなコミュニケーション術を、本コラムではお話ししていきます。

転職に初めて踏み切るという方も、転職のチャンスをうかがっている方も、自分という唯一無二の価値ある商品を売り込む有効な術として、ぜひ参考にしてください。

※文/山田敏弘(岐阜大学教育学部教授、専門:日本語学・方言学)

幸せのために働きたい 人情噺に聴き入る理由

 大手コンビニチェーンが、営業時間の見直しを含め、時代に合わせた働き方改革を断行すると表明しました。もちろん、大都市では深夜営業も必要かも知れませんが、私の住んでいる地方都市では、是認する声も大きいようです。 そもそも、皆、何のために働いているのでしょうか。落語の世界の登場人物の働き方を見て、それを考えてみましょう。

自らの声一本で売る工夫がうかがえる

 元落語芸術協会会長も勤めた10代目桂文治さんといえば、滑稽噺で客席を沸かせた昭和から平成にかけての名人ですが、商売の話も得意にしていたようです。

 昔の商売人は、元手がないから店が構えられないという場合、ものを売って歩いたそうです。「豆屋(まめや)」では、そのような小商人(こあきんど)の典型である豆屋の話を、売り声で情緒たっぷりに語ります。

 文治さんの語りの聴きどころの一つは、売り声です。納豆屋は売り声も糸を引いたそうで、さらに、サツマイモ売りは生のままなら硬く、ふかしたものならやわらかく語ったなどというくだりは、たかが売り声、されど売り声。看板が掲げられないからこそ、自らの声一本で売る工夫がうかがえます。売り声で売り上げが変わることもあったようなので、必死だったのでしょう。

 文治さんは、この落語の中で「商売は道によって賢し」とも言っています。これは、商人がそれぞれ専門とする商売をよく知る様を言い表したものですが、コンビニのように、物を売ることからチケット発券などのサービスまで、多岐にわたる商売をしている場所では、難しいことですね。

人として生きるために物を売る

 また、コンビニのようにマニュアル化された商売の従業員は、自分の裁量で商売をよりよくしようとすることも、なかなか難しい面があります。「お兄さん、腹減ってそうだから、唐揚げ一個おまけしちゃおう」というコンビニを、私は知りません。

 落語に出てくる昔の物売りは、その点、自分の裁量で売って歩けました。まだ浪人中だった頃の荻生徂徠(江戸中期の儒学者)を助けた豆腐屋さんの噺「徂徠豆腐(そらいどうふ)」では、江戸を、そして日本を、よくしてくれそうなこの浪人に、人情を添えて毎日おからを届けます。商売そっちのけです。

 落語に出てくる商売人は、ただ単に生きるための手段としてではなく、人として生きるために、物を売っています。物を売ること自体がコミュニケーション。それは、昔も今も根本は変わりません。だからこそ、皆が物売りの人情噺に聴き入るのでしょう。

 将来、コンビニの業務は無人のAIに変わられる部分が増えるでしょう。そんなとき、人として買い物ができる店は、なくなってしまうのでしょうか。いや、落語ファンが集う人情コンビニが、たとえ営業時間が短くとも流行るのではないかと私は思うのですが、いかがでしょうか。

山田敏弘(やまだ・としひろ)

岐阜大学教育学部教授(専門:日本語学・方言学)

1965年岐阜県生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院博士課程前期課程修了。大阪大学大学院博士課程前期課程を経て博士取得(文学)。国際交流基金派遣日本語教育専門家としてローマ日本文化会館で勤務経験を持つ。著書は「国語を教える文法の底力」「国語教師が知っておきたい日本語文法」「日本語文法練習帳」(くろしお出版)、「日本語のしくみ」(白水社)、「日本語のベネファクティブ」(明治書院)、「その一言が余計です。」(ちくま新書)、「あの歌詞は、なぜ心に残るのか」(祥伝社新書)など。2016年4月から17年3月まで、ラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送、毎月第3木曜深夜)のコーナー「暮らしの中のことば」に出演した。