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バカ正直こそ真の賢者

バカ正直こそ真の賢者

落語をヒントにコミュニケーションのコツをつかむ

近年、落語の人気が急上昇。落語ブームにあやかって、ビジネスでも「つかみはOK」となるようなコミュニケーション術を、本コラムではお話ししていきます。

転職に初めて踏み切るという方も、転職のチャンスをうかがっている方も、自分という唯一無二の価値ある商品を売り込む有効な術として、ぜひ参考にしてください。

※文/山田敏弘(岐阜大学教育学部教授、専門:日本語学・方言学)

バカ正直こそ真の賢者

最後には浮かばれる正直者

 昨今、テレビを見ていて「正直に言えばいいのになあ」と思うことが少なくありません。政治家も官僚も、そしてスポーツ界も、多くの国民が信じられないと言っていることを延々と繰り返します。この国の子供たちには、もう正直に生きろと教えなくていいと言っているみたいです。

 落語には、正直者が最後に浮かばれる噺(はなし)が多くあります。親孝行の褒美でもらった金を元手に、孝行糖という名の飴(あめ)を売り歩く「孝行糖」という噺では、正直者の与太郎が教えられた鉦(かね)や太鼓を伴う口上を愚直に唱え評判を得ますが、うるさいと怒ったあるお屋敷の門番にこっぴどく打ち据えられてしまいます。それでも、人々は、与太郎の愚直さを称え助けます。

 ビジネスパーソンでも同じことがいえると思います。例えば、ノルマだからと口先だけで商品を売ろうとしている人。飛び込みで何か売ろうとして「やらされている」感を大いに放っている人。商品に対する愛情が売る側にないものを、誰も買おうとは思いません。

 バカ正直は、長い目で見れば賢者の振る舞い。「孝行糖」の与太郎を見習って、自分が売ろうとしている製品の全部とは言わないまでも、少なくとも何かしらの要素を好きになってから売りに来てほしいものです。

世間に息づく儒教の精神

 さて、正直者の典型の噺は「井戸の茶碗」でしょう。屑屋の清兵衛さんが浪人から預かった仏像を旗本に売り、その中から出てきた小判をもって2人の間を行き来するこっけいな話です。その取り持ちの間に、いろいろなお宝が見つかっても、その都度、それを愚直に相手に届けます。自分のもうけなど考えず、言われるがままに届ける姿は、もちろん侍に逆らえないということもあるのでしょうが、すがすがしさを感じます。

 私自身、立川志の輔さんのこの噺を聴いて、涙が止まりませんでした。会場の皆も「人間というもの、こうありたい」と思っていたことを、万雷の拍手が物語っていました。

 「井戸の茶碗」のみならず、落語には江戸時代の儒教精神があふれた噺も多くあります。この日本人のメンタリティーは、金満と権力におごった人たちの間では変わったかもしれませんが、案外変わらずに世間には息づいています。

 昨今、隠蔽のようなさまざまな不誠実さが企業イメージを貶めています。この不誠実さの対価はテレビCM何年分にも相当します。ビジネスパーソンの皆さんも、寄席に通って日本人の「バカ正直さ」を思い出してみてはいかがでしょうか。

山田敏弘(やまだ・としひろ)

岐阜大学教育学部教授(専門:日本語学・方言学)

1965年岐阜県生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院博士課程前期課程修了。大阪大学大学院博士課程前期課程を経て博士取得(文学)。国際交流基金派遣日本語教育専門家としてローマ日本文化会館で勤務経験を持つ。著書は「国語を教える文法の底力」「国語教師が知っておきたい日本語文法」「日本語文法練習帳」(くろしお出版)、「日本語のしくみ」(白水社)、「日本語のベネファクティブ」(明治書院)、「その一言が余計です。」(ちくま新書)、「あの歌詞は、なぜ心に残るのか」(祥伝社新書)など。2016年4月から17年3月まで、ラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送、毎月第3木曜深夜)のコーナー「暮らしの中のことば」に出演した。