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人と企業の出会いはミステリアス~採用学の視点で考える転職~

人はなぜ、同じ会社に居続けるのか

人はなぜ、同じ会社に居続けるのか
採用学とは

 人と企業の出会いは、「偶然」や「運命」といった要素が多分に含まれた、ミステリアスな現象です。読者の皆さんの中にも、今の会社を「ひょんなこと」から「何かの縁」で知ったという方がいると思います。人と人との出会いがそうであるように、「偶然」や「運命」の要素がかなり入り込むことが、人と企業の出会いの難しさであり、面白さでもあるのでしょう。
 同時に、人と企業の出会いにはもう少し論理的に理由を説明することのできる部分、いわば「必然」の部分もたくさんあるのです。ごまんとある募集広告の中から特定の広告に注目したこと、求職者を評価するためにいまだに面接という手法が使われていることにも、すべて理由があって、そうなる必然性がちゃんとあるのです。この「必然性」にメスを入れるのが、私が提唱する採用学です。なぜ、どのような根拠があって、人事(採用)担当者はそのように振る舞うのか、求職者はそんな風に行動するのか。そういったことをデータ分析に基づき明らかにしていく、そんな学問です。

 このコラムでは、そうした採用学の視点から「転職(中途採用)」という大きなテーマを掘り下げていきたいと思います。実際の企業のデータや日米欧の研究成果などもふんだんに盛り込み、日本における人材の流動化について考えていきます。

人材の流動化に関する調査をひもとく

 ずいぶん前から、「日本社会は相対的に流動性が低い」ということが言われてきました。「日本人はクローズドな人間関係を長期にわたって形成している」とか、「そうしたクローズドで長きにわたる関係こそが、日本の強みである」ということも指摘されてきました。実際に、日本人とアメリカ人を比較した社会心理学の研究においても、日本はアメリカに比べて人間関係の流動性が低いこと、日本人はアメリカ人に比べて退職しにくいと感じていることなどがわかっています。少なくともこれまでは「クローズドで長いお付き合い」こそが、日本社会の特徴だったと言えるでしょう。

 ところが近年、日本社会において、この「クローズドで長いお付き合い」が崩れ始めているようです。厚生労働省の若年者雇用実態調査(2013年)によれば、日本人の15~34歳の全体で47.3%、大卒でいえば36.6%がすでに1回以上の転職を経験しているなど、転職者の割合が高まっているようです。
 では今日、企業の中で働くビジネスパーソンたちは、転職に対してどのようなイメージを持っているのでしょうか。私たちは2014年から2015年にかけて、日本企業に所属する約千人のビジネスパーソンを対象に調査を実施しました。内容は、ランダムにピックアップされた数百人(一般サンプル)と、企業の人事部によって「社内でトップ5%にはいる優秀な人材」としてピックアップされたエース級人材数百人(エース人材サンプル)。という2つのグループを比較するというものです。

転職に対するイメージはプラスと言える?

 調査では、ビジネスパーソンが転職に対してどんなイメージを持っているのか、転職に関するネガティブな文章をあえて提示して、それらについて一般サンプルとエース人材サンプル両方に「1.全くそうは思わない」から「5.全くその通りだと思う」の5段階のうちのいずれかを選択してもらうという方式をとりました。
 下記の表がその結果です。表は、平均値が5に近いほどビジネスパーソンたちがその項目に強く同意していることを意味しています。転職に関して強いマイナスイメージを持っていることを示す(つまりスコアが3を大きく超える)項目はほとんどなく、ビジネスパーソンが転職に対してマイナスのイメージを持っているとは言えないことがわかります。転職にマイナスイメージを持つ時代では、さすがにないということですね。

平均値
職場を変えることのメリットよりも、それによって失うもののほうが大きいと思う 3.16
自分の経歴や経験にどの程度の価値があるのか、よくわからない 3.22
他の勤め先にいくことが自分にとって良い選択か悪い選択か、自信が持てない 3.21
一つの勤め先で勤めあげることは、重要なことだと思う 3.07
今までと違う勤め先でやっていくには、自分の能力に不安がある 3.00
自分が今の勤め先以外に、どのような選択肢があるのかがわからない 2.98
職場を変えることによって、それまでの職場で培ったものを失ってしまうと思う 2.86
自分にはこの勤め先に勤める以外の選択肢がほとんどないと思う 2.68
転職のやり方がよくわからない 2.54
職場を変えてしまうと、人間関係の中で白い目で見られかねないと思う 2.36

 ではビジネスパーソンにとって、転職はどこまで身近なことなのでしょうか。「職場に転職をして入ってきた人がいる」「転職をして出て行った人がいる」という2つの質問については80%近くが「その通り」と回答しました。ただ、「転職について気軽に相談できる友人または知人がいる」という質問については、「その通り」と回答したのが全体の40%にとどまりました。
 ほとんどのビジネスパーソンにとって、転職が自分にとって重要な選択肢となったときには、自らの心の中にしまいこみ、自分自身で孤独に解決するしかないというのが実情なのかもしれません。

会社に居続ける理由は大きく異なる結果に

 日本のビジネスパーソンは実際、転職に踏み切る人は2人に1人もいないという現実があります。人々が今もなお企業に居続けようとする理由は、どこにあるのでしょうか。私たちは、さらに踏み込んで、この点を検証しました。

 これまでの研究では、日本のビジネスパーソンが企業に居続ける理由として、2つの仮説が提示されてきました。
 1つは「利得としがらみ」仮説。かつての日本企業のように長期雇用と年功序列がとられている場合、途中で企業をやめるよりもそのまま居続けた方が生涯賃金多くなるケースが多々ある。また転職をすれば、職場での人間関係を断ち切り、新しい人間関係を築かなくてはならないし、せっかく覚えた仕事のやり方が新しい会社では通用しないということもある。こうした諸々の利得としがらみ、そして失うもののことを考慮して多くの人は今の会社に居続けるというもの。
 もう1つは「やりがい」仮説。エース級の人材は会社の中で、すでに恵まれたポジションについて、やりがいのある仕事についている可能性が高い。したがって彼ら彼女らは、他社に転職するなど夢にも思わないだろうというものです。

 現実は、どちらの仮説に近いのでしょうか。一般サンプルについて言えば、「転職する/しない」ことと強い関係にあったのは、しがらみに関わる要因でした。具体的には「転職することで失うものがある」「不確実なことが嫌だから」「後ろめたいから」といったものであり、まさに「利得としがらみ」の仮説を支持するものでした。
 これに対してエース人材サンプルでは、こうした要因と「転職する/しない」の決定との間にはほとんど関係がなく、むしろ関係があったのは現在の仕事のやりがいに関わる要因でした。一般サンプルについては「利得としがらみ」が、エース人材サンプルについては「やりがい」がというふうに、会社に居続ける理由が大きく異なっていたのです。

 例えば、一般サンプルの多くの人が「しがらみ」によって会社に居続けているという結果は、会社に何らかの不満を抱えながらもとどまり続けている人が数多くいることを意味しています。エース人材が仕事の「やりがい」によってとどまっているという結果からは、「彼ら彼女らはやりがいのある仕事を与えられているのだから、充実しているのではないか」という見方ができますし、「もっと大きな舞台に立っている自分を思い描く『想像力』が欠如しているのではないか」という見方もできます。
 そうだとすれば、日本のビジネスパーソンは持っている能力をまだ存分に発揮できてない人がたくさん存在することにもなりますし、採用のあり方次第では、こうした人材が他社へと流出する可能性だってあるわけなのです。


 求職者側の心理面からいえば、日本において人材が流動化するための下地はすでに出来上がっていると言えそうですが、人と企業の出会いを決める「採用」という活動に関して、しっかりと理解しておく必要性が否めません。

服部康宏(はっとり・やすひろ)

横浜国立大学大学院国際社会科学府・研究院准教授


1980年神奈川県生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。国立大学法人滋賀大学経済学部情報管理学科専任講師、准教授を経て現職。これまで日本企業における組織と個人の関わりあい(組織コミットメントや心理的契約)や,経営学的な知識の普及の研究などに携わり、2013年以降は人材の「採用」に関する科学的アプローチである「採用学」の確立に向けた研究・活動にも従事。
2010年に第26回組織学会高宮賞、14年には人材育成学会論文賞を受賞。主な著書に「日本企業の心理的契約:組織と従業員の見えざる約束(増補改訂版)」(白桃書房、2013年)や「採用学」(新潮選書、2016年)がある。
■採用学研究所
http://saiyougaku.org/

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