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第12回 言葉は時代とともに変わる

第12回 言葉は時代とともに変わる

 高校時代の友人と東京で顔を合わせる機会がありました。旧交を温めているうち、朝礼の話となりました。最近転職して、IT企業で重要な地位に就いた友人は早速、何か一言と促された朝礼で話をしたそうです。

 話した内容は意外なことに、業務内容の改善についての示唆でも売り上げアップのための訓示でもなく、若者言葉の例として取り上げられる「全然」に関するもの。普通に言葉にまつわる話をしたことは、新鮮みをもって受けとめられ、好評だったようです。

 この「全然」ですが、若者言葉だから使わないようにしましょうというだけでは若者はついてきません。どうやら友人が意図したのはそのような内容だったようですが、話をひとひねりしてみたらよかったのにと感じてしまいます。

 というのも「全然」は今でこそ、否定と呼応しない用法は間違いとされますが、明治時代には必ずしも否定と呼応していませんでした。明治・大正を代表する文豪である夏目漱石も有島武郎も、否定と呼応しない「全然」を使っていましたから、言葉の意味合いの変遷を振り返ると若者の使い方を間違いと責めるのは見当違いともいえます。

 そもそも、漱石の時代の「全然」は「全般的に」という意味であり、現在とは意味が違っていました。その点はおいたとしても、言葉は時代とともに変わるものということは事実です。

 もちろん、若者が使いがちな程度を強調する「全然おいしい」や「商談、全然うまくいきました」などという用法を、過去に否定と呼応しない使い方もあったのだから看過しないさいというわけではありません。本質は言葉の意味をしっかり理解して使っているのかどうかにあるのです。

 このように時代とともに変わる言葉だからこそ、相手がどのような言葉遣いをする人かを見極めて、相手に合わせて言葉を選ぶ必要があるのです。それがコミュニケーションであり、商談成功への近道にもなり得ます。「微妙」を本来の意味である「美しさや味わいが何ともいえずすぐれているさま」として使う人は少なくなり、「よいとも悪いとも言えない状態」として使う上司もいます。皆、それぞれの視点や基準で言葉の意味をとらえていることが少なくないだけに、相手を見て言葉を合わせる能力も持ち合わせたいものです。

 蛇足ながら、コミュニケーションの語源はラテン語で「共同で労役を負担すること」に由来します。つまり、どちらか一方だけが苦労をすればよいわけではなく、双方の努力によって続けていかなければならないものだということです。若者だけが責められるべきものでもありません。会社の中での立場の違いはあるでしょうが、双方が歩み寄ってこそ成立するのがコミュニケーションなのです。

コミュニケーション[communication]
Con(一緒に)munis(労役)がcommuni-の語源。
-cationは名詞化語尾
※一方通行ではコミュニケーションにはなりません

 朝礼を行っている会社は意外と多いようで、別の友人の会社でも定期的に全社員を集めているようです(大企業ともなると集まるだけでエレベーターが大混雑してしまうとか)。新年・新年度ではなおさらかもしれません。単純に正否を決めつけることが難しい言葉の話を通じて、仕事の成否のカギは相手をよりよく知ることにあるとつなげてみてはいかがでしょうか。

山田敏弘(やまだ・としひろ)

岐阜大学教育学部シニア教授(専門:日本語学・方言学)

1965年岐阜県生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院博士課程前期課程修了。大阪大学大学院博士課程前期課程を経て博士取得(文学)。国際交流基金派遣日本語教育専門家としてローマ日本文化会館で勤務経験を持つ。著書は「国語を教える文法の底力」「国語教師が知っておきたい日本語文法」「日本語文法練習帳」(くろしお出版)、「日本語のしくみ」(白水社)、「日本語のベネファクティブ」(明治書院)、「その一言が余計です。」(ちくま新書)、「あの歌詞は、なぜ心に残るのか」(祥伝社新書)など。現在、ラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送、毎月第3木曜深夜)のコーナー「暮らしの中のことば」に電話で生出演している。