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デキるオトナの日本語

第11回 使える表現・使いたい表現

第11回 使える表現・使いたい表現

 第7回から4回にわたって、日頃はあまり使わないけれども、いざというときに使える表現、使いたい表現を紹介してきました。今回はこれまでのおさらいを含め、戦略的な会話のコツを振り返ります。

 第7回で紹介した、贈り物に添える「恵存」という言葉までかしこまらずとも、何かを贈るときには多様な表現が使えます。
 例えばビジネスで書類などを送る際には、「ご査収ください」と締めくくることがありますが、「査」の字は「よく調べる」の意。また「収」の字は「受け取る」を意味しますから、プレゼントを贈る際に使ったり、添付ファイルがなく内容を確認するだけだったりすると奇異に感じられます。「お納めください」(あるいは、へりくだるのであれば「ご笑納ください」)や「ご確認ください」など、使い慣れている言葉を適切に用いるのが、デキるオトナの日本語の真髄と言えます。
 贈る(送る)際の宛て名書きにも触れておきましょう。宛て名は、「〇〇部部長 日経太郎様」のように、「所属+肩書き 名前+様」が基本です。「殿」は、名前が分からない役職名に添える場合などに使いますが、名前が分かっている場合、敬意が低いと捉えられることもあるので要注意です。蛇足ながら、よく医者の紹介状に書いてある「主治医殿 机下」の「机下(きか)」は、「陛下」「殿下」などと同類で敬意を示す言葉です。もともとは一般的に使われる言葉でしたが、今では医者の間で使われる業界用語にも捉えられますので、医者ではない方はなるべく使わないほうががよいでしょう。

 わびる際には、第8回で紹介した「ご寛恕ください」を、ここぞという場合に使ってみてください。「広い心で許すこと」の意味には、ほかに「諒恕(りょうじょ)」「宥恕(ゆうじょ)」などの言葉もあります。
 わびる言葉は責任を認めたと捉えられてしまう場合もあります。しかし、日本式の情を主とする交流では基本です。意地を張りすぎず、たおやかな心で接する姿勢も持ち合わせましょう。

 さらに第9回で紹介したように、情の言葉として感謝の言葉も重要です。メールなどで「感謝する」「深謝する」などという言葉を使うことに加え、口頭でも「おかげさまで」という前置き表現が口をついて出てくるようになると、自然とへりくだる気持ちがでてきます。意識して「~てくれる」を使うこともお勧めです。夫婦の間でも「今晩はカレーなんだ」ではなく「今晩はカレーを作ってくれたんだ」と言えば、自然と「ありがとう」と感謝の言葉が続きます。不断の努力で継続していく夫婦関係で、感謝の言葉は魔法の言葉となって絆を深めていくことでしょう。

 第10回で紹介した質問によるターンテイキングは、言葉によって相手を誘導していく戦略的な言葉遣いです。反論する際にも、あえて「教えてください」のように知識を乞うことでへりくだります。しかし、それは同時に、相手の話す内容の不備を突く攻撃的な表現ともなりえることをわきまえて使いましょう。
 「でも」や「しかし」のような言葉でターンを取ろうとする人をよく見かけます。ただ、逆接の接続詞を用いれば反論が来ると相手に察知されます。「でも」を「そうですね。ところで……」と一旦、受容してから話題を転換する方法でも同じことが言えます。野球のように、真っ向勝負のストレートよりも、目先を変えるカーブが有効なときがあるのです。

 会話は戦略です。言いたいことをまっすぐに言い放つのではなく、どうしたらよりよく聞いてもらえる言い方ができるのか。2015年もいよいよ締めくくりの月となる12月。1年を振り返るときにでも、改めて考えてみてください。

山田敏弘(やまだ・としひろ)

岐阜大学教育学部シニア教授(専門:日本語学・方言学)

1965年岐阜県生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院博士課程前期課程修了。大阪大学大学院博士課程前期課程を経て博士取得(文学)。国際交流基金派遣日本語教育専門家としてローマ日本文化会館で勤務経験を持つ。著書は「国語を教える文法の底力」「国語教師が知っておきたい日本語文法」「日本語文法練習帳」(くろしお出版)、「日本語のしくみ」(白水社)、「日本語のベネファクティブ」(明治書院)、「その一言が余計です。」(ちくま新書)、「あの歌詞は、なぜ心に残るのか」(祥伝社新書)など。現在、ラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送、毎月第3木曜深夜)のコーナー「暮らしの中のことば」に電話で生出演している。