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第10回 頃合いを見計らって上手に

第10回 頃合いを見計らって上手に

 黙っていることが美徳という時代は、とうに終わりました。部下が上司に遠慮して、自分の意見を胸の奥にしまいこむのが当たり前になっている会社に未来はないでしょうから、よりよい会社にするためには、誰に対してもよりよく意見を述べることが大切です。
 しかし、誰にでもいつでも直截な意見を述べればいいというものではありません。「部長、それは間違っています」と衆目ある中、はばからず述べれば部長の面子をつぶしてしまいます。面子を脅かす行為(Face Threatening Act=FTA)は洋の東西を問わずに嫌われ、話し手を窮地に追い込みます。
 まずは、会話の順番をうまく取ることが大切になります。会話の順番を談話分析で「ターン」といいますが、上手にターンが取れれば会話の半分は成功したようなものとなります。上質のターンテイキングは、次のようなやり方です。

上司:我々が担当する〇〇の上半期の売り上げは前年比で
   マイナス3%となっている。
   いったい、君たちは何をしていたのか。
部下:申し訳ありませんが一点、質問をさせてください。
   〇〇以外の△△の売り上げはどうなっていますか。
※△△の売り上げが伸びていることを前提にできる場合

 質問は、いちばん上手なターンテイキングです。しかし、本当に何も知らずに質問してはいけません。知っていることを知らないかのごとく質問し、上司自身に言わせるために行うのです。
 質問が失礼にならないのは主語が「私」となり、知識の未熟さを前提にした行為だからです。しかも、優秀な(優秀だと思っている)上司ほど、質問にすぐ答えます。そして、自分の言葉で語ったら、その言葉が真実となり、その上司自身が気づいて話が修正されます。いつもそんなにうまくいくとはかぎりませんが、「間違っています」と正面切って言う正直さは若いころなら見逃してもらえるかもしれないものの、結局は疎んじられていきます。
 「質問させてください」と同じ言い方に、「ちょっと教えていただきたいのですが」があります。こちらは、より丁寧で、かつ相手に優越感を感じさせる言葉です。「申し訳ありませんが」と切りだして続ければ、たとえそれが反論の口火であっても誰も止めることはできません。「ちょっと待ってください」と上司の言葉を遮ったのでは角が立ちますが、頃合いを見計らって質問するという方法は上司自身に気づかせ、その結果、自分は何も言わなくても反論したことになるというわけです。
 人は誰でも、会話の中で親和性と優位性を模索します。人に受け入れられたいという親和的欲求にうまく対応するためには、反論をしないで受け入れた後、質問で切り替えします。また、人より優位に立ちたいという欲求には、質問するという方法で相手の知識を乞うことで応えます。へりくだるのは肉を切らせて骨を断つ手段であり、決してこびへつらうことではありません。親和性と優位性を保てるように会話をうまく組み立てていきましょう。

山田敏弘(やまだ・としひろ)

岐阜大学教育学部シニア教授(専門:日本語学・方言学)

1965年岐阜県生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院博士課程前期課程修了。大阪大学大学院博士課程前期課程を経て博士取得(文学)。国際交流基金派遣日本語教育専門家としてローマ日本文化会館で勤務経験を持つ。著書は「国語を教える文法の底力」「国語教師が知っておきたい日本語文法」「日本語文法練習帳」(くろしお出版)、「日本語のしくみ」(白水社)、「日本語のベネファクティブ」(明治書院)、「その一言が余計です。」(ちくま新書)、「あの歌詞は、なぜ心に残るのか」(祥伝社新書)など。現在、ラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送、毎月第3木曜深夜)のコーナー「暮らしの中のことば」に電話で生出演している。