ビジネスパーソンのキャリアアップ・転職について考えるニュース・コラムサイト

デキるオトナの日本語

第9回 感謝は言葉にしてこそ

第9回 感謝は言葉にしてこそ

 「ありがとう」の語源をご存じでしょうか。「ありがとう」は、古く、神仏の加護に対し「有る」ことが難しい、つまり「めったにない」ことを表す言葉として成立したことばで、江戸時代ごろから一般に感謝を表す言葉として使われるようになりました。
 「めったにない」ことに対して使うから、この言葉をなるべく使わないようにするべきだなどとは誰も思っていないでしょうが、意外と素直にこの言葉を使っている人は多くありません。皆さんは一日何回、「ありがとう」を含めた感謝の言葉を口に出していますか。
 もちろん、方言でもかまいません。関西方言の「おおきに」や、山陰・四国などで使われる「だんだん」などは分かりやすいですが、「ありがとう」の代わりに「すみません」をより多く使う地域もあります。国立国語研究所の『方言文法全国地図』では、東海地方と岡山、香川、徳島などに、「すみません」が集中して見られます。私は東海地方に住んでいますが、方言だという意識なく「すみません」を連発しているようで注意されます。共通語としてもいちおう通用する謝意の「すみません」ですが、地域によっては謝罪の意味が強くなりますのでご注意を。
 さて、どんな形であれ、感謝を言葉にすれば謝意は通じます。しかし、気持ちはあっても、それを言葉にするかどうかという行動に地域差があります。例えば東北地方出身の男性は、ひと昔前まであまり感謝を言葉にしなかったようです。旦那さんにお茶を入れても「ん」、誕生日にプレゼントをしても「ん」と、あまりに感謝の言葉を言わないものだから、他地域出身の奥さんからは、よく不安になったなどという話も聞きました。
 一方、関西地方や東海地方では、売っている店の人も買ったお客も、どちらも「ありがとう」「おおきに」を言う文化が根付いています。東京出身の人には、よく「客がお礼を言うなんて変」と冗談交じりに言われますが、これも方言の一種なのです。
 このように、お礼の言い方には地域差もあるのだということを、他地域の方とつきあっている方(特に結婚した方、あるいはこれから考えている方)は知っておくといいですね。
 蛇足ですが、岩手などでは「ありがとう」の意味で「どうも」もよく使われます。これも他地域の人には、感謝を表していると受け止められないこともあるので要注意です。
 こんな多様な感謝の表現ですが、私がお薦めしたいのは、次のような表現です。


このたびは結構な品物を頂戴し、誠にありがとうございました。
ご厚情に深謝いたします。

 「謝」は、「感謝」と「謝罪」の両方に使われるように、「ありがとう」の意味にも「ごめんなさい」の意味にもなります。「深謝」も両方に使えますが、この場合、目的語が「ご厚情」ですから感謝の意味とわかります。
 英語など西洋の言語にも感謝の言葉は多くあります。英語では ‘Thank you’だけでなく、
‘I appreciate ~(~の正当な価値を認める)’や、 ‘I am grateful to 人 for 事 (~のことで…を感謝の気持ちに満ちている)’などの表現も用いられます。イタリア語でも‘Grazie.’だけでなく ‘La ringrazio~’といえば、一層の謝意を表現できます。
 多様に使い分けることは難しいという人も、まずは、感謝の気持ちを口に出しましょう。そうして人間関係を円滑にし、ビジネスを成功させましょう。

山田敏弘(やまだ・としひろ)

岐阜大学教育学部シニア教授(専門:日本語学・方言学)

1965年岐阜県生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院博士課程前期課程修了。大阪大学大学院博士課程前期課程を経て博士取得(文学)。国際交流基金派遣日本語教育専門家としてローマ日本文化会館で勤務経験を持つ。著書は「国語を教える文法の底力」「国語教師が知っておきたい日本語文法」「日本語文法練習帳」(くろしお出版)、「日本語のしくみ」(白水社)、「日本語のベネファクティブ」(明治書院)、「その一言が余計です。」(ちくま新書)、「あの歌詞は、なぜ心に残るのか」(祥伝社新書)など。現在、ラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送、毎月第3木曜深夜)のコーナー「暮らしの中のことば」に電話で生出演している。