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イノベーションを興す次世代リーダーたちの視点

第21回<後編>株式会社オトングラス 代表取締役 島影 圭佑氏

第21回<後編>株式会社オトングラス 代表取締役 島影 圭佑氏

前編は株式会社オトングラス代表の島影圭佑氏に、視覚障がい者向けの福祉デバイス「OTON GLASS」(オトングラス)開発の経緯について聞いた。後編では開発の内幕や今後の展望などについて聞く。

当事者の支援が開発を加速する

―― OTON GLASSを試用した皆さんから、当事者ならではの感想を聞いたことはありますか?

島影 あるとき「完璧に読めなくていい」といわれ、びっくりした覚えがあります。開発側からすると、どのような状況でも文字が読み取れなければならないと思っていたのですが、当事者の皆さんからすれば郵便物の差し出し人の名前や冷蔵庫の中身、看板に何が書いてあるかがわかる程度でも、十分使えるとおっしゃっていただいたときは、想定外の感想だったのでとても驚きました。開発に協力してくださる熱心な当事者がいてくださるおかげで、注力すべきポイントが明確になるのはとてもありがたいことだと思います。OTON GLASSは当事者の皆さんの協力なくしては開発しえないプロダクトです。

――プロトタイプ(試作機)を使っていただくことによって、潜在的なニーズが可視化されたのかもしれませんね。

島影 コンセプトや仕組み、機能を言葉や図で伝えるだけでなく、多少難はあっても早い段階から使えるものとして提示することが大事なのだと思います。目の前にものが存在すると、人はこれがどのような未来をつくるのか、自分の生活をどう変えるのか、考えずにはいられません。プロトタイプをいち早くつくり、多くの方にお使いいただいてきたおかげで、知見を貯めることができましたし、立場の異なる人々と一緒にものづくりを行う環境が整えられたと思います。

―― 今後のどのようにOTON GLASSを普及させる計画ですか?

島影 まずは、いまもっともOTON GLASSを求めてくださっている視覚障がい者の皆さんへのサポートから始め、高齢者や識字障がい者、翻訳機能を使った外国人就労者の支援などにも応用範囲を広げていきたいと思います。

―― 現在、OTON GLASSはどこで手に入れられますか?

島影 視覚障がい者用の福祉機器は自治体からの補助によって、当事者は1割負担で購入することが可能です。2018年8月、兵庫県豊岡市で「日常生活用具給付事業」の対象品に選定されたことを皮切りに、今年から徐々に低価格で購入できる地域が広がっていきます。

―― 学生時代に思い描いていた「社会を変えるものづくり」を実現させつつあるように感じます。仕事をするうえで一番大切にしていることは?

島影 常に原点を忘れないようにしています。OTON GLASSが対象としている福祉機器市場は、家電や日用品などに比べて市場規模は小さいにも関わらず、研究開発に多大な労力を割かねばならない難しい市場です。そのため「フォーカスすべき市場、対象を変えるべきでは?」という助言をいただくこともあります。しかし私たちの原点はあくまでも社会課題を解決すること。これだけ技術が発達しているにも関わらず、その恩恵を受けることができていない人たちがいるのであれば、その方たちに製品を届けて生活を一変させることが私たちの使命だと考えます。
新たなテクノロジーをどう社会に実装していくべきかという観点においても、製品の成長に対して強い情熱を持ち、当事者にしかわからない認知のあり方を教えていただける視覚障がい者の方々は、私たちにとって最大の開発パートナーです。OTON GLASSのような人間の知覚自体を再発明するようなデバイスを、知覚の発展につながるヒントを握っているみなさんと開発することで、最終的に誰にとってもやさしい製品がつくれると信じています。

―― 文字情報を音声化する際、クラウドを使われています。膨大なデータが蓄積されるようになれば社会基盤の整備にも生かせるかもしれません

島影 現在、多くのインターネット関連企業が多様なデータを収集し、活用範囲を広げていますが、視覚障がい者に特化したデータは貴重です。少し先の話になるかもしれませんが、OTON GLASSが収集したデータを起点に、よりアクセシビリティーが考慮された都市設計などに活用されることは十分にあり得ると思います。

―― これからどんな社会を実現したいと考えていますか?

島影 「わざわざ専用機器をつくらなくても、スマートフォンを使えばいいのでは?」という言葉を耳にすることがあります。もちろん技術的には可能ですが、視力に問題を抱える人々にとってフラットスクリーンは決して使いやすいものではありません。これは健常者にとって便利で使いやすいプロダクトの裏には、そこから排除されている人々がいることの裏返しでもあります。 OTON GLASSを通じて、これまで排除されてきた人々の観点から、自然で人間らしいユニバーサルなインターフェースを生み出したいと思います。

―― 最後に転職を検討している読者にメッセージを。

島影 いま私が携わっているプロジェクトは、おそらく10年前には実現が難しいものでした。しかしいまは3Dプリンターも各種オープンソースも気軽に入手して使えますし、クラウドファンディングで資金を募ることも、同じ課題意識を共有する異分野の方々と知り合うことも容易になりました。つまり何かやりたいという熱意さえあれば、実現させる手立てがすぐそばにあるということ。どんなことでも構いません。自分がやりたいことや、やるべきことを起点に、ことを起こしてみてはいかがでしょうか。


<取材後記>

高度成長期に染みついた機能や性能重視のプロダクトづくりから脱却すべきときがきていると島影氏は考えている。もし市場原理の名のもとに意思決定がゆがめられ、理想的なものづくりの機会が奪われてしまっているのだとしたら、志を同じくする個人が集い、情報とテクノロジーを駆使して理想のものづくりを取り戻せばいい。いまはそれが可能な時代なのだと、島影氏は身を持って示している。


株式会社オトングラス 代表取締役

島影 圭佑氏

1991年生まれ。2010年、首都大学東京システムデザイン学部インダストリアルアートコースに入学。12年、父親が脳梗塞による失読症を発症したことが契機となり、文字情報を音声に変換するデバイス「OTON GLASS」(オトングラス)の研究・開発を開始。14年、情報科学芸術大学院大学[IAMAS]へ進学し、同年に株式会社オトングラスを設立。18年から筑波大学図書館情報メディア系助教を兼務する。