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第18回<後編>トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社 代表取締役 中西 敦士氏

第18回<後編>トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社 代表取締役 中西 敦士氏

前編では、ベンチャー企業、コンサルティングファーム、青年海外協力隊を経てアメリカに留学するまでの経緯を聞いた。後編では「DFree(ディーフリー)」開発の契機となった留学先での「ある出来事」から、プロトタイプ開発、量産に至るまでの困難、そしてその困難をいかにして乗り越えたのかについて詳しく聞く。

ディーフリーは「不幸な出来事」がきっかけで生まれた。

―― アメリカには何を学びに行ったのですか?

中西 アメリカでは、カリフォルニア大学のバークレー校が提供する、BMT(Management and Business Track)という12カ月間のプログラムに参加しました。最初の2期8カ月間でファインスとグローバルビジネスマネジメントを学び、最後の4カ月間は現地の会社でインターンシップを体験するプログラムです。

―― ビジネスを学びながら起業のアイデアを探していたのでしょうか?

中西 そうですね。現地で生活しながら、世界中で需要が見込めそうな企画を20ほど温めていました。あるとき、インターン先のベンチャーキャピタルの方や個人投資家の方に、自分のアイデアを聞いてもらう機会があったのですが、どなたも一様に排せつ予知デバイスを「ユニーク」だとほめてくれたので、起業を決めたのです。

―― 排せつ予知に関心を持たれたのは留学中の「不幸な出来事」のせいだと聞きました。

中西 そうです。端的に申し上げると、引っ越しの最中、便意を我慢しきれず大きいほうを漏らしてしまったことが発想の契機になりました。当時はとても落ち込みましたが、ふと「排せつ時間を予知できたら、こんな惨事は回避できたのでは?」と思ったことで、視野が広がった気がします。

―― しかし、中西さんは開発者ではありません。どうやってプロダクト開発を実現させたのですか?

中西 超音波を使えば胎児の様子を観察することができます。それが可能なら、体内の排せつ物の位置くらいわかるだろうと踏んで、開発経験がある古くからの友人やアメリカで知り合ったエンジニアなどに片っ端から声をかけて人を集めました。まずはプロトタイプをつくらないことには、その先に進めません。

―― プロトタイプづくりで大変だったのは?

中西 そもそも超音波を使ったプロダクトを開発したことがあるエンジニアの数はとても限られています。そこで超音波に詳しい大学教授を頼って、私たちのプロトタイプづくりに協力してくれそうなメーカーや専門家を紹介していただきました。そうやって少しずつ技術的な課題を克服していったのです。

―― 量産に向けた準備はすぐに整ったのでしょうか?

中西 いいえ。次に苦労したのは資金調達でした。ディーフリーのアイデアを話すとみなさんはとても興味を持ってくれるのですが、いざ出資を請うと「だれが買うの?」「本当に売れるの?」という意見をたくさん聞くことになりました。量産の一歩手前までいける資金を調達するまでに、50社ぐらいに断られていると思います。

―― ニーズに対する疑念を払拭できたのは?

中西 2015年になんとかプロトタイプを完成させて、その年の4月にクラウドファンディングにエントリーしたところ、個人や介護事業者のみなさんから1200万円を超える資金を集めることができました。とてもうれしかったですし、期待の大きさに身が引き締まる思いがしたものですが、最終的にはクラウドファンディングで得た資金をみなさんにお返しすることにしたのです。

―― せっかく集めた資金をなぜ返金されたのですか?

中西 「ぜひ子どもに使わせたい」「遠隔地に住む老いた両親に贈りたい」といったうれしい反応があったのですが、ディーフリーを使うためにはスマートフォンやネット環境の整備が欠かせません。IT(情報技術)に詳しい方でないと活用は難しいのは現実です。私たちはまだ立ち上げ間もないベンチャーですから、万全のサポート体制づくりには時間がかかります。それでまずはユーザーを介護事業者に絞って、ハードやソフト、アルゴリズムの精度を高めることに専心しようと考えました。

―― 返金を受けてがっかりされた方も多かったでしょうね。

中西 はい。でもありがたいこと好意的な反応がほとんどでした。一般の方には申し訳ない結果となってしまいましたが、これをきっかけに全国の介護事業者さんとの間につながりが生まれ、介護現場の現実や課題を目の当たりにすることができたのは、その後のプロクト開発やサービス設計にとって大きな糧になったと思います。

―― 2017年から介護事業者向けのサービス提供が始まりました。ディーフリーの反響はいかがですか?

中西 介護スタッフの負担軽減や利用者ご本人の自律的な排尿を促すことができたなど、前向きな評価をいただいています。製品やサービスに対する問い合わせも、国内にとどまらず、世界60カ国から寄せられており、その反響の大きさに驚いているところです。

―― 現在の利用者数は?

中西 全国で150の介護施設で高齢者約2000人にご利用をいただいています。現在は排尿にのみ対応しているディーフリーですが、今年の秋には排便に対応した新製品も発表できる見込みになりました。さらに今年の夏以降には、一度は断念した個人ユーザー向けの販売も始まりますし、フランスの大手介護事業者への導入を皮切りにヨーロッパでの販売も始まる計画です。利用者数はこれから大きく伸びるでしょう。

―― これまで数多くの試行錯誤を経験されてきたと思います。仕事上、何を一番大切に考えてこられましたか?

中西 日本、フィリピン、アメリカでの経験は、私にとって「いつ、何をするか」のタイミングを見極めるために必要な期間だったと思っています。確かに迷いが生じることもありました。でもこの間、「起業して大きなビジネスを動かしたい」という目標だけはブレることはありませんでした。いまは「困っている人に解決策をいち早く届けること」を最優先にしています。

―― 最後に、転職という人生の岐路に立つ読者にメッセージをお願いします。

中西 大事なのは人生の優先順位を決めることだと思います。承認欲求を満たしたいのか、お金儲けが大事なのか、仕事より家族との生活を優先するかは人それぞれです。一番まずいのは何も決めず、悶々(もんもん)とした状態を続けてしまうことだと思います。漠然とした目標でも構いません。まずは自分にとって一番大事なものを見定め、考えながら走り出してみてはいかがでしょうか。自ら動けば大きな目標をクリアできるチャンスが巡ってくるかもしれませんから。


<取材後記>

幼い頃から起業家に憧れていた中西氏。できれば隠しておきたかったであろう不幸な出来事をビジネスに転換しようというバイタリティーには敬服するばかりだ。今後、先進諸国では高齢化が急速に進む。介護者の負担を軽減し、介護される側の尊厳を守るディーフリーの存在感は、これからさらに増していくだろう。日本発のユニークなデバイスが世界を席巻する日も近いはずだ。


トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社 代表取締役

中西 敦士氏

1983年兵庫県明石市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。大学在学中に起業するも事業立ち上げには至らず、ベンチャー企業やコンサルティングファームに所属し、新規事業の立ち上げを経験。その後、青年海外協力隊に転じ、フィリピンへ赴任。現地で農民の収入向上プロジェクトに参画後、カリフォルニア大学バークレー校で学ぶため渡米する。留学中に排泄のタイミングを知らせるデバイスを発案し、2014年に米カリフォルニア州で創業。15年に日本でトリプル・ダブリュー・ジャパンを設立し、現在に至る。