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イノベーションを興す次世代リーダーたちの視点

第12回<前編>DVERSE Inc. CEO 沼倉正吾氏

第12回<前編>DVERSE Inc. CEO 沼倉正吾氏
<はじめに>

Oculus Rift製品版やHTC Vive、PlayStation VRの発売で、にわかに活気づくVR(仮想現実)業界。その中でもとくに熱い視線を集めている企業がある。建築・土木業界向けVRを手がけるDVERSE(ディヴァース)だ。世界的な投資ファンド「500 Startups Japan」も出資者に名を連ねる同社の創業者であり、CEOを務める沼倉正吾氏に、VR業界に参入した経緯や未開の分野に挑戦する醍醐味について聞いた。

家電量販店の責任者からゲーム開発、そしてVR開発へ

―― DVERSEを興す前はどのようなお仕事に携わっていたのですか?

沼倉 20歳から秋葉原の輸入CD-ROMやパソコンを販売するショップで働き始めて、4年後に4店舗を統括する責任者になりました。これが私のキャリアのスタートです。その後、ヘッドハントされ、日本での出店計画を持っていた台湾の家電量販店グループの日本法人に転職しました。

―― 台湾の会社ではどのようなお仕事を?

沼倉 当初、日本の店舗を任せられる予定で採用されたのですが、残念ながら計画が頓挫してしまったため、本社である台湾法人に出向しました。3年間、台北、台中、台南、高雄にある12店舗を統括した後、親会社に当たる玩具メーカーの深圳工場に移り、1年ほどサンプル品の開発などに携わってから、会社を辞めて帰国しました。


―― なぜ辞められたのですか?

沼倉 子会社の董事長(社長)を任せたいと打診されたことがきっかけです。とてもありがたい話だったのですが、もしこの話を引き受けると、おそらく20年は日本に帰ってこられない。それで丁重にお断りしました。

―― その後は?

沼倉 帰国する前、ゲーム会社を興したいという友人からの相談を受けて作った会社がありました。法人は私がつくり、運営はその友人が行っていたので、経営にはノータッチだったのですが、帰国を機に、名実ともにその会社の経営者としてゲーム開発事業に取り組み始めることにしたのです。

―― 大きなキャリアの転換になりましたね。

沼倉 最初にプログラミングを経験したのは小学校5年生のとき。両親からクリスマスプレゼントとして買い与えられたセガのSC-3000に、「ベーマガ」(マイコンBASICマガジン)で学んだゲームプログラムを打ち込んだのが、コンピューターとの最初の出合いです。 それ以来、ずっとデジタルに親しんでいましたから、自分では意外なキャリアだとは思っていません。むしろ、やりたかった仕事にやっと就けたという印象でした。



―― 典型的なマイコン少年だったわけですね。

沼倉 70年代生まれはテクノロジーの変遷を間近に見てきた世代です。ビデオがDVDに置き換わり、固定電話が携帯電話、スマートフォンに移り変わっていく過程をリアルタイムで見ています。世の中の発展と自分の成長、テクノロジーの進歩がダイレクトにつながっている。だから余計にこの世界への関心が高いのかもしれません。

―― そこまで強い思いがあったのに、エンジニアになる道を選ばなかったのですか?

沼倉 10代から最初の就職まではミュージシャンを目指していたので、エンジニアになろうとは思いませんでした。ただ、作曲にDTM(Desktop Music)を取り入れていましたし、ごく早い時期からパソコン通信やインターネットを使っていたので、ITにはずっと関心を持ち続けていました。

―― 帰国されてからはどのようなお仕事を?

沼倉 前半はPC向けとPSP向けのゲーム開発、後半はBD-J(Blu-ray Disc Java)技術を使った広告・動画配信システムの開発などを手がけました。とくに後者の事業は、発売済みの映画コンテンツに最新映画の告知などを配信するサービスで、レンタルDVDがブルーレイ・ディスクに置き換わることを想定して、研究開発から5年ほどがんばりました。しかし、DVDからの移行が思ったよりも進まず、結局は会社を畳むことになりました。

―― その後、DVERSEを創業したわけですか?

沼倉 そうですね。次に取り組むべき事業を見つけようと、テクノロジーのトレンドを追いかけている中で出合ったのが「Oculus Rift」でした。2013年に開発者向けキットを入手し、身に付けたときのインパクトはいまでも忘れられません。「これなら間違いない」。そう確信して、新たに会社を興す決意を固めたのです。


―― 起業の意思を後押しするような何かがあったのですか?

沼倉 現在グーグルでAI部門を率いているレイ・カーツワイルという人が2009年に著した『Singularity is Near』という本に触発されました。その本には「2020年代、現実とVRの区別が付かないほどの高品質になる」とあり、彼の予測が正しければ、2013年というタイミングで「Oculus Rift」が出たのは、タイミングとしても符合していると感じたのです。それで2014年に、思い切ってVRシステムやコンテンツ開発を行う目的でDVERSEを立ち上げました。


―― VRについての知見はどのように蓄積したのですか?

沼倉 走りながらです。ゲームや広告・動画配信システムの開発に携わっていたときもそうだったのですが、私が興味を持って取り組むのは先行者がいない分野がほとんど。まずはスタートしてみて、興味を持ってくれる企業への提案とフィードバックを通じて経験を積むというやり方を常に行ってきました。VRでも同じやり方を踏襲しています。


〜後編につづく〜

DVERSE Inc. CEO

沼倉 正吾氏

1973年生まれ。秋葉原のパソコン販売店を経て、97年、エックスタイムジャパンに入社。2000年、取締役に就任。01年、親会社である有楽股份へ出向し、台湾家電量販店12店舗の設立や運営を担当する。04年、ナスカークラフトを設立し代表取締役に就任。ゲーム開発や企業向け広告・動画配信システムの開発を手掛ける。13年、ゼネテックに入社し新規事業部長を務めた後、14年、VRを専門とするDVERSE Inc.を米デラウェア州に設立する。現在は建築・土木業界向けVR制作ソフトウエア「SYMMETRY」(シンメトリー)の開発に力を注ぐ。