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イノベーションを興す次世代リーダーたちの視点

第11回<前編>株式会社TBM 執行役員 山口太一氏

第11回<前編>株式会社TBM 執行役員 山口太一氏
<はじめに>

製紙工場は水が豊かな地域に造られるのが一般的だ。約1トンの普通紙を製造するために、約100トンもの水を必要とするからだ。しかし製紙工場とは切っても切れないはずの水を一切使わず「紙」をつくる技術が、いま世界から注目を集めている。石灰石を主原料とするLIMEX(ライメックス)がそれだ。今回はLIMEXの製造・販売を担うTBMで、量産工場建設や事業開発の推進役を担う執行役員の山口太一氏に、安定した大手企業のキャリアを捨て、ベンチャーに飛び込んだ理由や背景を聞いた。

メーカー営業から経営コンサルタントへ

―― まず現職に就かれるまでのキャリアの変遷を聞かせてください

山口 大学の工学部機械工学科を卒業して、最初に就いた職業は富士ゼロックスの営業でした。企業の情報システム部などに、サーバーやプリンタ、ソフトウエアを提案する仕事です。営業といっても、ただ単に自社製品を販売するというより、システムインテグレーターやパッケージソフトベンダー、アウトソーシング会社などと組んで、顧客の業務改善を提案するソリューション営業でした。3年ほど営業に携わり、経営コンサルタントになるために退職しました。

―― なぜ経営コンサルタントになろうと思われたのですか?

山口 メーカーの営業では解決できない顧客の課題に直面することが増えたからです。それまでは、オペレーションの効率化を通じて、顧客のビジネスを強くすることが自分の使命だと信じていました。しかし顧客の課題はオペレーションだけにとどまりません。それがわかっても、メーカーの営業という立場を越えてその先に踏み込むことはできない。それで、より制約が少ない経営コンサルタントになって、顧客のビジネスに貢献したいと思うようになりました。

―― キャリアチェンジはうまくいきましたか?

山口 転職の相談に乗ってもらった人材エージェントには、メーカー営業から経営コンサルタントになるのはかなり難しいと聞かされましたが、それでも諦めきれなかったので、会社を辞め、中小企業診断士の勉強を始めました。資格を取ってからであれば、少しは採用の確度が上がると考えたからです。試験に合格したのはその決断から半年ほど経ってからのこと。その後、運良くプライスウォーターハウスクーパースにご縁をいただき入社することができました。


―― コンサルタントになってからは、どのようなお仕事を?

山口 事業再生を4年、M&A成立後の事業統合を支援するPMIを3年ほど経験しました。最初に配属された事業再生支援では、業績不振企業の経営者と一緒に事業再生計画を練り、その実行支援に当たるのですが、そのとき感じたのは、机上の数字づくりに終始していたのでは、債権者からも従業員からも理解されないということ。魂のこもった事業再生計画を立てなければ、誰の気持ちも動かせないという事実です。ですから拒絶されても罵られても、顧客の事業を立て直すためだと考え、真摯に関係者と向き合い続けました。


―― センシティブな仕事だと思いますが、とくに気をつけていたことはありますか?

山口 事業再生案に反対する人と衝突することもしばしばでしたが、抵抗する人にも抵抗するだけの理由があるわけです。ですから常に相手が何を考え、何を気にしているかをくみ取ることに注意を払っていました。もし彼らが不安に思っていることを解決できたら、関係者の協力も得やすくなります。事業再生を進める上で、人の気持ちや考えを理解することはとても重要なんです。

―― その後のPMIではいかがでしたか?

山口 まず、事業統合の当事者である2社から営業、開発、法務、総務など、会社の機能ごとに担当者を出してもらい、統合作業を担うプロジェクトチームを組みます。私の役割は両者の話し合いの場に同席し、合意形成をファシリテートすること。もう1つは、その過程で浮かび上がったタスクの進捗状況を管理し、期日までに終えさせることでした。PMI業務に関しては、日本企業が海外企業を買収するクロスボーダー案件がほとんどだったので、言葉や文化の壁を感じることも多かったですね。ミーティング場所を選ぶにしても、買う側のA社で持つか、買われる側のB社で持つかでもめることもあるので、ささいなことにもかなり気を遣いました。外から見るよりも泥臭い仕事です。


―― 経営コンサルタントの職務に就いてどんなことを学ばれましたか? 営業時代の経験とつながる部分はあったのでしょうか?

山口 会社を動かしているのは、やはり「現場」ということでしょうか。ですから、現場に対しては経営の考えをかみ砕いて伝えるのはもちろん、現場の率直な意見を経営に伝えることも大切にしていました。関係者の心に寄り添いながら、手綱を引くべきタイミングではためらいなく引く。そういう意味では、潜在的なニーズを掘り起こして、受注につなげる営業に通じる部分もあったように思います。


〜後編につづく〜

株式会社TBM 執行役員

山口 太一氏

2005年、富士ゼロックスに入社。プロダクションサービス営業本部で、新規ビジネス開発を担当した後、08年、プライスウォーターハウスクーパースに移り、コンサルタントとしてビジネスデューデリジェンス、事業再生計画策定と実行、金融機関との折衝、成長戦略の立案支援に携わる。ディールアドバイザリーグループに異動後、マネジャーとして海外M&A案件における戦略検討や実行支援、PMI(M&A後の企業統合)に従事。15年9月、TBMに入社後からは、事業戦略、事業計画、資本政策の策定や、量産工場建設プロジェクトを推進している。16年4月より現職。