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イノベーションを興す次世代リーダーたちの視点

第9回<後編>株式会社シュアール 代表取締役 大木洵人氏

第9回<後編>株式会社シュアール 代表取締役 大木洵人氏

前編では、学生時代の話から手話との出合い、高校留学や大学進学を経て立ち上げた手話サークルを法人化するまでの経緯を聞いた。後編では、手話サービスの事業化する上での苦労や大切にしていること、シュアールが進むべき未来像について話を進める。

聴覚障がい者のポテンシャルを引き出し、社会へ還元したい

―― ボランティア団体としてではなく、営利法人として手話サービスを手がける意義はどこにあるとお考えですか?

大木 シュアールが一般的なボランティア団体や同業の営利団体と違う点は、聞こえない人と聞こえる人の文化を橋渡しする役割に徹することに意義を見い出していることだと思います。つまり、いくら耳が不自由な人の助けになることがわかっていても、聞こえる人の側にまったくメリットがないサービスを手がけないという点では、ボランティア団体とは立場が異なりますし、反対に儲かるからといって聴覚障がい者以外を対象としたサービスに取り組まないという点では、同業の営利法人とも距離を置いています。シュアールはあくまでも、手話ビジネスと通じて耳が不自由な人と社会をつなげるビジネスを提供することに、自分たちの存在意義があると考えているんです。

―― 社会的な課題を事業によって解決する「社会起業家」的なスタンスでビジネスに取り組んでいるのですね。

大木 確かにその通りですが、シュアールを創業した当時は「社会起業」という言葉さえ知りませんでした。高校時代に英語を身に付け、米国の友人とコミュニケーションしたように、今度は手話を身に付けて、耳が不自由な人とコミュニケーションを取ってみたいという、素朴な願望から手話に取り組んだので、耳が不自由な人たちを取り巻く問題をどうしようとか、ビジネスとして成立させようという思いは、聞こえない友だちができた後からついてきたものなのです。

―― それで耳が不自由な人たちに娯楽を提供する仕事を?

大木 実際に、耳が不自由な人が楽しめる娯楽は本当に少ない。字幕は聞こえる人の文化であって、聞こえない人の文化には存在しないものなのです。ですから、テレビ番組に字幕がついたからといって、必ずしも耳が不自由な人にとって楽しめるものではない。それで旅番組やグルメレポートのような娯楽番組の提供を始めました。法人化してからは娯楽番組を提供する「手話TV」の運営に加え、タブレット端末やパソコン、スマートフォンから手話通訳者を呼び出せる「遠隔手話通訳」や、日本語を手話へ訳す「手話翻訳」サービス、手話から日本語の意味が引けるWikipedia型の手話キーボード辞典「SLinto」を提供する事業に取り組んでいます。最近は新規事業として、手話によるカルチャーセンターの運営にも取り組み始めました。いまはヨガ教室などの娯楽が中心ですが、ゆくゆくは簿記講座など、直接仕事に結びつくような授業を提供するつもりです。

―― あくまでも手話にこだわった展開をしていかれるのですね。

大木 シュアールが目指しているのは「手話のコングロマリット」。いうなれば「手話の総合商社」になりたいのです。耳が不自由な人たちの能力を引き出し、高めるようなサービスに取り組むには、手話だけに特化して、かつビジネスをサスティナブルに提供する受け皿が必要だと考えています。手話に関してなら何でもやるというスタンスで取り組んでいる会社は、日本にも世界にも例がないのではないでしょうか。

―― 今後はどんな活動を?

大木 耳が聞こえない人と聞こえる人が対等に働ける社会をつくるために、活動を広げていきたいですね。私たちは聞こえない人たちと社会の双方に働きかけることで、聴覚に障がいを持つ彼ら自身でさえ、気づいていないポテンシャルを引き出し、社会に還元するようなビジネスを展開していければと考えています。ITを活用したサービスやカルチャースクールのような場を提供することによって、社会との間に橋をかけられれば、彼らの社会進出はさらに進められるはずです。聞こえないという状況は、生活する上では確かに大変な状況ではあるのですが、彼らと社会の間にひとつ便利なツールなりサービスなりがあるだけで、彼らの能力を引き出すことができるでしょう。この分野はいままで誰も手をつけていなかっただけで、特化して取り組めば必ず可能性が開けるものと確信しています。


―― 手話ビジネスを展開する上で、難しいと感じる点は?

大木 日本ではまだこうした取り組みが軽視される傾向があるので、まず意義を理解してもらうまでに時間がかかるという苦労がありますね。先程もお話ししましたように「手話よりも字幕でいいではないか」といった認識が一般的なので、耳が不自由な人たちの文化を理解していただいた上で、ビジネスの話にもっていくまでにどうしても時間がかかってしまうのです。ほかにも、「聞こえる人」と「聞こえない人」、「聞こえない人が家族にいる聞こえる人」、ビジネス畑の人や行政の人、ボランティアとの間でも、それぞれ思いや考え方が違うので、気をつけてコミュニケーションを取る必要もあります。自分の常識を押し付けず、お互いに異なる文化、考え方を受け入れながら仕事をすることが大事なのです。


―― 最後に読者にメッセージをお願いします

大木 社会を変えるのは「よそ者」と「若者」と「馬鹿者」だといいますが、シュアールを創業した直後の私そのものでした。最初のうちはそれで随分結構苦労しましたけれども、始めてみてわかったことは、本気で取り組めば道は開けるということ。ただ、これから活動の幅を広げていくためには、大きな組織で仕事をしたことがある方々の社会人経験やスキルが必要になってくるので、実はそういう経験を積んでこられた方には期待しているのです。日本は失敗できない社会だと言われ続けていましたが、そうした声が聞こえるようになった分だけ、社会のあり方も変わってきているのではないでしょうか。仕事選びの際には、ぜひ私たちのようなベンチャーも選択肢に加えて検討してみてほしいですね。

<取材後記>

手話は日本語を手振りで表現したものではなく、たとえ同じ日本人でも、手話を母語とする聴覚障がい者にとっての日本語は、あくまでも第二言語に過ぎないことを今回の取材で初めて知った。大木氏の話を聞き、耳が不自由な人たちと社会の間に立ちはだかる認識の違いを身をもって感じた次第だ。こうした無理解がはびこる現状を打開しようとしているシュアールの取り組みは、多様性のある社会を実現する上で貴重といえる。彼らのビジネスは今後、ますます注目されることになるだろう。

株式会社シュアール 代表取締役  NPO法人シュアール 理事長  手話通訳士

大木 洵人氏

1987年群馬県生まれ。2011年、慶應義塾大学環境情報学部卒業。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。 慶大在学中の2009年、学生ボランティア団体から発展する形で株式会社シュアールを創業。ビデオチャットを活用した遠隔手話通訳サービスや世界初の手話キーボードによるオンライン手話辞典など、ITを活用した事業を多数手掛ける。2012年、東アジア初のAshoka Fellowに選出されたほか、2013年には日本人で唯一、Forbes 30 Under 30に選ばれたこともある。世界経済フォーラムGSCメンバーや群馬県人会連合会理事なども務めている。