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イノベーションを興す次世代リーダーたちの視点

第8回<前編>ツクループラス代表・クリエイティブワークプロデューサー 後藤あゆみさん

第8回<前編>ツクループラス代表・クリエイティブワークプロデューサー 後藤あゆみさん
<はじめに>

生活を支えるさまざまなビジネスが、インターネット上のサービスに置き換わるなか、企業にとって、使いやすさやユーザー体験をいかにデザインするかが生命線となっている。しかしそれを支えるUI・UXデザイナーの層は需要に対していまだ薄く、いまだに多くの企業が慢性的な人材不足に悩んでいるのが実情だ。
今回登場してもらう後藤あゆみさんは、学生時代から意欲ある若手クリエイターの発掘や啓発、また伸び盛りの企業とのつなぎ役として奔走し続けている人物のひとり。彼女はなぜクリエイター支援を行うのか、活動の原点や仕事への信念について聞いていく。

クリエイター志望から、クリエイターの支援へ

―― アートやクリエイティブに関心を持たれたのはいつごろですか?

後藤 父が大分県別府市の職員として美術館の管理やアートイベントの運営などの仕事に携わっていたことや、母が地元のアートフェアに出かけては作品を購入するくらい芸術に理解がある人だったせいか、幼いころから絵画や洋服のデザイン画を描くのが好きな子どもでした。

―― 本格的にクリエイティブを学ぶようになったきっかけは?

後藤 芸術高校の美術科に入学したことをきっかけに、現代アートやグラフィックデザインに興味を持つようになりました。仕事について真剣に考え始めたのは高校2年生のタイミングです。世界でどのようなクリエイターが活躍しているのか本屋でリサーチしていたときに、クリエイティブディレクターやアートディレクターという仕事があることを知り、自分もその世界の一員に加わりたいと思うようになったのです。それで親に無理をいって、美大のデザイン学部へ進学することを許してもらいました。

―― 大学ではどんな活動を?

後藤 京都精華大学デザイン学部のデジタルクリエーションコースに進学し、デジタル技術を使ったクリエイティブを学びました。一方で、美大生や美大を卒業したクリエイターが置かれている現状に危機感を感じていたこともあり、京都周辺の美大生たちとともに立ち上げたアートプロデュース団体の活動に打ち込んでいました。




―― 危機感とは?

後藤 美大卒業生の就職率は全国平均で47%程度しかなく、社会との接点があまりにも希薄という現実を知ったからです。わたしの周囲には良い作品を生み出す才能や技量のあるクリエイターがたくさんいるのに、それでも苦しい生活を強いられていることが多く、才能を発揮しないままクリエイティブ業界から去っていく人が少なくありませんでした。それで自分や周囲の人たちの将来のために、学校という枠にとらわれず、現状を打開するような行動を起こそうと思いました。

―― 具体的にはどのような取り組みを?

後藤 3カ月に1回のペースで、若手クリエイターの活躍やクリエイティブ情報を載せたフリーペーパーを1万部発行して全国に配布していました。そのほかにも関西のデパートを借りて美大生の作品を販売するアートフェアを開催したり、美大生と企業の交流会企画や、Webメディアへインタビュー記事を執筆したりなど、若手クリエイターの支援につながりそうなことは何でも取り組んでいました。

―― こうした活動を通じてどのようなことを感じましたか?

後藤 自分のような「つなぎ役」の必要性ですね。いくら良い作品を作っていても世の中に知ってもらえなければ生活は豊かになりませんし、誰かに求められたり認められることはありません。私たちのようなクリエイターと社会の間に立ち、才能を生かす場や必要な情報を提供することができる人間がいることで、クリエイティブを社会に役立てられることを知りました。



―― 自分自身がクリエイターとしてではなく、媒介者として活動することにためらいはなかったのですか?

後藤 自分で手を動かしてデザインすることだけがものづくりではないと思っています。媒体を通してコミュニティーを運用したり、クリエイターが成長できる仕組みづくりを行ったりすることも、私にとっては立派なクリエイションです。一般的にクリエイターと呼ばれる仕事ではないかもしれませんが、新たな取り組みを発表したり、コミュニティーや人の成長を感じたりしたときは、デザインしていた時と同じようにわくわくしますね。
他にやる人がいないのであればやる価値が十分にあると思います。実際に約4年間にわたる活動を通じて、クリエイターの気持ちに寄り添った支援ができる人があまりにも少ないことを知り、優秀だけれど発信能力が不足しているクリエイターを支援する側に回ることには大きな意義や価値があることがわかりました。危機感が使命感に変わった瞬間でしたね。。

―― 美大を卒業後、就職されたそうですが、ご自身の就職先はどのような経緯で決められたのでしょうか?

後藤 大学4年の秋まで起業の準備をしていたのですが、結果的に「SHAKE ART!」の活動を通して知り合った会社さんに縁があって就職することになりました。

―― なぜ起業しなかったのですか?

後藤 就職しようと決めたのは、学生時代の最後に情熱を注いで取り組んだ芸術祭がまったく振わなかったことが直接の引き金になりました。京都の街や人、歴史を主題としたアートイベントだったのですが、自分が思い描いていた規模感や一体感を実現することができませんでした。当時はスキルだけでなく、信用も人脈も足りていなかったのです。気持ちの強さだけでは立ちいかないことがあるということが、とても身に染みました。それで社会人としての地盤を固めることが大事だと思い、起業ではなく就職する道を選んだのです。



―― 就職されたのはMUGENUPという会社でしたね。

後藤 MUGENUPはクリエイティブに特化したクラウドソーシング事業を行っている会社なのですが、この会社ならIT技術を活用した新しいビジネスの仕組みも学べますし、これまで接点がなかったゲーム・アニメ・漫画関係のクリエイターとも関わることができるので、新たなスキルを身に着けるため挑みたいと思い入社しました。入社直後からクリエイターへの教育関連事業やメディアの立ち上げのほか、人事としてクリエイターの採用活動にも携わらせていただくなど、とてもいい経験をさせていただきました。新しいことに挑戦することが好きな自分にとっては、とても恵まれた環境だったと思います。

―― その後、フリーランスとしての活動に入るわけですね。

後藤 在籍期間は1年10カ月と短いものでしたが、業界の仕組みやクリエイターの労働環境を知ることができましたし、必要としていたクリエイターやスタートアップ業界の人たちとの人脈を築くことができたので、2015年1月に会社を辞め、将来的な起業を念頭に、まずはフリーランスとして再出発することに決めました。仕事のテーマはもちろん「クリエイター支援」です。24歳のときでした。

〜後編につづく〜

ツクループラス代表・クリエイティブワークプロデューサー

後藤 あゆみさん

1990年4月大分県別府市生まれ。京都精華大学デザイン学部在学中にアートプロデュース団体「SHAKE ART!」の立ち上げから携わり、フリーマガジンの発行やイベント企画を開始。卒業後はクラウドソーシング事業を行うMUGENUPに入社し、新規事業や人事、クリエイター教育に携わる。2015年独立し、クリエイター支援を行うツクループラスを設立。現在は同代表を務めながら、学生クリエイターのための教育メディア『はたらくビビビット』編集長、DeNAデザイン戦略室 Creative PR、子どものあそびの研究所『プレイデザインラボ』編集者、SO-ZOのクリエイティブマネジメント担当など、多岐にわたる活動に取り組む。