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イノベーションを興す次世代リーダーたちの視点

第7回<前編>アソビシステム株式会社 代表取締役 中川悠介氏

第7回<前編>アソビシステム株式会社 代表取締役 中川悠介氏
<はじめに>

世界中から多くの観光客を引きつけてやまない東京・原宿。この原宿を拠点に日本のポップカルチャーを発信し続けている男がいる。アソビシステムの中川悠介氏だ。「KAWAii」カルチャーの中心的なアイコンとして活躍するきゃりーぱみゅぱみゅのプロデュースでその名をはせた中川氏は、果たしてどのようなキャリアを経て今日に至ったのか。本人に直撃した。

ブームではなくカルチャーを創っている

―― どのような経緯で芸能の世界に関わるようになったのですか?

中川 裏原宿にいろいろなファッションブランドができ始めた1990年代の前半ころから、原宿によく遊びに来ていました。その流れで、学生時代は仲間とバンドをやったりDJをやったり、表に出るような活動をしていましたが、だんだんプロデュースするほうが面白くなって裏方に回るようになったのです。大学時代、クラブが安く借りられる月曜に翌日が休みの美容師さんを集めた「美容師ナイト」というイベントを継続的に開いているうちに人脈も広がり、仕事になっていった感じでしたね。

―― 就職しようとは思わなかったのですか?

中川 某一流ファッションブランドやテレビ局を受けました。でも、あくまで記念受験みたいなもので、真剣に就職しようとは考えたことはなかったですね。自分の好きな空間に人を集めることがとにかく楽しかったので、それが仕事になればいいというぐらいの感覚でイベントを続けるつもりでいました。いま思えば「遊び」の延長ですね。

―― その「遊び」が「ビジネス」に変わる瞬間はいつ訪れたのでしょうか?

中川 自分でも良いことなのか、悪いことなのかわからないのですが、仕事とプライベートの境が曖昧なのです。もちろん、何事も遊び半分で成り立ってしまうような甘い世界ではないことはわかっていましたが、反対に自分たちが楽しめることでないと、ビジネスにしてはいけないとも感じていました。




―― どういうことでしょうか?

中川 何かするにしても「流行しているから」「儲かりそうだから」というような薄っぺらい動機で始めたら、お客さんに見透かされてしまいますし、大きな資本を持った会社に真似されたらそれでおしまいです。当時はそれほど自覚していたわけではありませんが、「自分たちにしか創れないもの」「自分たちだからできること」にはこだわっていたつもりです。それを徹底していたことが、その後のチャンスにつながったように思います。

―― それは「面白いこと」にこだわり続けた結果だったのでしょうか?

中川 ちょっと違います。大事にしていたのはオリジナリティーです。世界から注目を集める以前から、このエリアには青文字系も裏原も存在していました。その上で、ぼくらを含む周囲の人たちが、オリジナルのコンテンツにこだわってきたからこそ、カルチャーとして認められたのだと思います。それがなければ、おそらく一過性のブームで終わっていたのではないでしょうか。

―― だからマーケティングのような意味で、あえて「面白いこと」を狙いにいく必要はなかったということでしょうか?

中川 そうです。カルチャーの内側にいる人には本物かどうかすぐにわかりますからね。そういう意味では当事者意識というか、現場感覚はとても大事なものだと思っています。

―― きゃりーぱみゅぱみゅさんとマネジメント契約後、瞬く間にメジャーデビューを成し遂げ、海外公演、紅白出場も果たしました。スピード感を持って仕事を進めるコツはあるのでしょうか?

中川 ユーチューブにきゃりーの動画をアップしたら、世界中で何百万、何千万回も再生されるわけです。ニーズがあると思いますよね。だから海外に出ました。それだけです。良い意味でも悪い意味でも、ぼくらには既成概念が希薄なのだと思います。「ノミの法則」を知っていますか? 本来は何メートルも高く飛べる能力を持っているノミも小さな容器にしばらく閉じ込められていると、容器の大きさを自分の限界だと勘違いしてしまって大きな容器に移っても高く飛ばなくなるそうです。それは人間にも当てはまると思います。だからあらかじめゴールも決めないし、やり方も決めません。限界を決めないことで生まれる瞬発力に期待しているのかもしれません。

―― 大きなイベントを主催するには、ある程度決め打ちで動いたほうがリスクを回避できるように思えますが、いかがですか?

中川 そうですね。もちろんどんな企画でも実現するまでには、踏まなければいけないプロセスがありますから、それを全部すっ飛ばしてやるという意味ではありません。仮に敷いたレールの上を走ることがあっても、それだけにとらわれたくないというか、柔軟性を持って行動したいわけです。特にイベントやライブは現場の温度感が大事。だからあまり先回りして考え込んだりしないようにしています。そうでなければ新しいことはできませんから。

―― 大切な「いま」を積み重ねることが、将来につながるとお考えなのですね。

中川 いまはSNSで瞬時に世界とつながれる時代です。テレビや雑誌しかなかった時代には考えられないほどファンとの距離も近くなっています。だから「いまを大事に」というより「いまこの瞬間を大事に」といったほうが感覚としては正確かもしれません。

―― どういうときにそれを感じますか?

中川 現場に足を運ぶとどうしてもそう思いますね。経営者気質よりプロデューサー気質が勝っているのだと思います。リスクをとって一歩踏み出さなければ何も始まらないと思いますし、会議室の熱い議論も行動が伴わなければ何の意味もないですからね。

―― 失敗を怖く感じませんか?

中川 もちろん怖いと思うこともあります。でも、そもそも自分たちにしかできないことをやっているわけですから先が見えなくて当たり前。それに自分たちのことを信じてついてきてくれる仲間もファンもいます。だからもし失敗してしまったとしても必ずリカバリーできると信じています。

―― これだけ活躍されると、多くの方からいろいろなビジネス提案を受けると思いますが、パートナーを選ぶときの条件は?

中川 とにかくコンテンツを大事にしている人。もしくはぼくらの仕事を正しく捉えてくれているかどうかで判断しています。感覚的なものなので、なかなか他の人に説明するのは難しいですが、少なくとも自分の仕事に愛情を持って取り組んでいると思えない人とは組みたくないですね。

―― 人を採用するときにも応用できそうな基準ですね。

中川 それはすごく大事にしている部分です。前職でどこにいたかとか、出身大学がどこだとかいうことにはまったく興味がないですが、その代わりに、自分のやりたいことが強く伝わってくる人とは付き合いたいと思います。そういう感覚は、すごく大事です。

〜後編につづく〜

アソビシステム株式会社 代表取締役

中川 悠介氏

1981年東京生まれ。学生時代から取り組んでいたイベント運営経験を基に、2007年アソビシステムを創業。国内外で開催されるライブイベントや各種メディアを通じ、原宿が生み出すポップカルチャーを世界に発信する一方、政府のクールジャパン戦略推進会議の構成員や、原宿初の観光案内所「MOSHI MOSHI BOX」の開設など多方面で活躍。原宿のファッションスタイルを表す「青文字系」という言葉の生みの親であり、ファッション誌の読者モデルとして活動していたきゃりーぱみゅぱみゅをブレ-クさせたことでも知られる。