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イノベーションを興す次世代リーダーたちの視点

第6回<後編>株式会社トレタ 代表取締役 中村 仁氏

第6回<後編>株式会社トレタ 代表取締役 中村 仁氏

前編では、大手電機メーカーから外資系広告代理店を経て飲食業界に参入した経緯について聞いた。後編では、繁盛店の経営からアプリ開発へ進出した理由について話を聞いていく。

自分がこの世界で生きた痕跡を残したい

―― 赤字店を繁盛店に変え、話題の店を次々とオープンできたのに、なぜ再びアプリ開発に進出しようと思ったのですか?

中村 僕は松下電器産業(現パナソニック)、外資系広告代理店のオグルヴィ・アンド・メイザーを経て、飲食業界に入りました。業界も職種もバラバラです。でもひとつだけ一貫して持ち続けている思いがあります。それは人の生活をよりよく変えられるような仕事をしたいということです。松下にいた時代は自社製品、広告代理店にいた時代は顧客であるIBMのマーケティング・コミュニケーションを通じて、世の中に新しいライフスタイルをもたらす仕事に関わりました。飲食店でも、松下やIBMに比べれば規模は小さいけれども、来店してくださるお客様に食を通じて新しいライフスタイルを提案してきたつもりです。

その過程で「生活をより豊かにする」ことを「食文化」への貢献によって実現しようと思うようになったのです。食文化が豊かになれば、絶対に人々の生活は豊かになりますからね。テクノロジーの力を借りて、食文化をより豊かにすることに貢献できないか。そう考えて店の経営を通じて知りあったIT業界の友人の力を借りてアプリ開発に挑戦しました。飲食業界は手間のかかる業務が多い反面、いつも人手が足りないため効率化するメリットも大きいというのは、現場にいたときから実感し、確信していました。

―― そもそも「多くの人々のライフスタイルに影響を与える」ことにどんな意義を見いだしているのでしょう?

中村 先日、視察でサンフランシスコを訪問したとき、Evernote社の経営者であるフィル・リービン氏の講演を聴く機会がありました。彼が「たとえほんのわずかでもいいから、世の中に重要な変化を起こしたい」というのを聴いて、子どもの頃から抱いていた「死ぬまでに自分がこの世界で生きた痕跡を残したい」という思いと重なりました。それは人々のライフスタイルに影響を与えたいという希望と同じ根を持っているものだと思います。

―― 具体的にはどのような形で希望を実現しようとしているのですか?

中村 ITの力で飲食店をハッピーにできれば、結果として食文化をより豊かにしていけると思っています。食文化の中で外食産業が占める役割は非常に重要です。外食産業が貧しくなると食文化は貧しくなるし、反対に外食産業が元気になれば食文化も元気になる。僕は外食産業においても「生物多様性」が大事だと思っていて、大規模な大手チェーン店から個性的な個人店まで、さまざまな種がそれぞれ固有の魅力を発揮して繁栄しているような世界をテクノロジーでつくれたらと思っています。

―― IT業界と飲食業界での経験をうまく生かしていく必要がありそうですね。

中村 そうですね。自分としては図らずもそういうキャリアを歩んできたと思っていますが、改めて考えてみると「IT」と「食」の双方を理解している人間は、IT業界にも飲食業界にもほとんどいません。そういう意味では「IT×食文化」というのは、自分にとって一番バリューが発揮でき、かつビジネスとしても可能性の大きな領域だと思っています。

―― 今後、どのような事業展開をお考えですか?

中村 松下幸之助さんの「水道哲学」ではないですが、蛇口をひねれば誰でも好きなだけ水を使えるのと同様、誰もがテクノロジーを自由に好きなだけ使えるようにして、魅力的な店が多く生まれ、長く繁栄していけるような世界を実現したいですね。手づくりのよさや、自然の温もり、味わいの素晴らしさはそのままに、人間がやらなくてもいいこと、人間にはできないことをテクノロジーで実現していくイメージです。テクノロジーをうまく使いこなせば、いままで以上に面白いことができると思っています。

―― 例えばどんなことが可能になるでしょうか?

中村 例えば新規のお客様と年に一度だけ来るお客様と常連様とでは、サービス内容が違ってしかるべきです。でもいくら記憶力に自信がある店員でも、数年前に一度来店しただけのお客様が、そのときどんな食事をオーダーされたか、詳しく覚えていることはできません。でもITの力を借りれば、いつ誰とどんな目的で来店され、どんなものを食べたのかまで詳細にわかりますし、後からいつでも振り返れます。それだけでも接客の質は大きく変わるし、お客様との関係も変わるわけです。
こうしたことは現行のトレタでも実現できますが、今後、飲食店のオペレーションをスタッフがやるべきことと、ITがやるべきことに分けて、人間にしか提供できない価値を最大化するようなサービスには大きな可能性を感じています。

―― 中村さんのキャリアは振り幅が大きく非常にユニークです。転機に際してどんなことを考え、進むべき道を選択してこられましたか?

中村 基本的には面白いと思えることや、チャンスだと感じたら後先考えず飛びつく。これだけです。未来を見通せる天賦の才があるなら別ですが、われわれ凡人には来年といわず、明日どうなっているかさえわかりません。きちんとしたキャリア戦略を描いてもその通りにはいかないとしたら、目の前にチャンスがあるうちに逃さず、つかみにいくしかありません。もし失敗しても経験の引き出しが増えるわけですから、やらないよりやったほうが断然、人生が面白くなると思います。

キャリアとは、計画してつくり上げるものではなく、チャレンジを重ねた結果としてできあがるものだと思っています。

―― 最後に読者にメッセージがあればお願いします

中村 人生で徹夜もいとわず思いっきり働ける期間は、想像以上に短いということは知っておいて損はないでしょう。僕は46歳になりましたが、結婚したり子供ができたりすると、なかなか独身時代のように働くことが難しくなってきます。20~30代の間に、一貫性も戦略もなくていいので、とにかくできるだけたくさんの経験を積んで、自分の可能性を広げてほしいと思います。

<取材後記>

成功の秘訣は、成功するまで諦めずに働き続けることだという中村氏。「撤退戦が苦手」で「諦めが悪い」という自己評価も、IT、飲食それぞれの世界で優れた地位を築くことに貢献しているのは間違いなさそうだ。現在、代表取締役として注力している予約台帳アプリの『トレタ』は累計登録店舗数4000店舗を突破し、現在もその数を伸ばしている(2015年11月現在)。異なる世界での経験を結びつけ、顧客が必要とするサービスへと昇華させた中村氏の手腕が今後、飲食業界でどのような形で生かされていくのか。食文化の多様性を志向する同社の動きに注目したい。

株式会社トレタ 代表取締役

中村 仁氏

松下電器産業(現パナソニック)、外資系広告代理店のオグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパンを経て、2000年に東京・西麻布で飲食店を開業。立ち飲みブームのきっかけとなった「西麻布 壌」「豚組」「豚組しゃぶ庵」などの繁盛店を世に送り出す一方、2010年にはツイッターを活用した集客で「外食アワード」を受賞し、注目を集める。2011年に料理写真を共有するアプリ「ミイル」をリリース後、2013年に株式会社トレタを設立し、予約台帳アプリ『トレタ』で飲食業界のIT化を支援している。著書に『右向け左の経営術』『小さなお店のツイッター繁盛論』がある。