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イノベーションを興す次世代リーダーたちの視点

第6回<前編>株式会社トレタ 代表取締役 中村 仁氏

第6回<前編>株式会社トレタ 代表取締役 中村 仁氏
<はじめに>

インターネットやスマートデバイスなど、生活を便利にするテクノロジーが急速に普及するなか、いまだにITがもたらす恩恵を十分に享受していない業界は少なくない。慢性的な人手不足に悩む飲食業界はその代表だ。今回は大手電機メーカーや外資系広告代理店、人気飲食店の経営を経て、飲食業界のIT化に乗り出している中村仁氏に、仕事への思いやキャリア選択の極意を聞いた。

諦めの悪さゆえに開かれる未来がある

―― IT業界に身を置くようになる前は、大手電機メーカーの営業企画や外資系広告代理店のプランナー、飲食店の経営にも携わっていたそうですね。トレタの創業までの経緯を教えてください。

中村 大学を出て最初に就いた仕事は松下電器産業(現パナソニック)の営業企画でした。配属先は当時、『画王』という大ヒットブランドを抱えていたテレビ本部。あの頃は今と違い、ライフスタイルの中心に家電があった時代でしたから、松下なら多くの人の生活を変えるような仕事ができると思い入社しました。

―― そこから外資系広告代理店へと移られたのはなぜですか?

中村 松下にいた3年半ほどの間に、インターネットが普及しはじめ、ライフスタイルの主役が急速にハードからソフトに移り出しました。それが転職を考えるきっかになりましたね。そんな時期にたまたま出合ったのが、オグルヴィ・アンド・メイザーという外資系広告代理店だったのです。ちょうどその頃にIBMを担当するチームを募集していると知り、話を聞きにいったのですが、日本にいながら語学力も磨けるし、ITの最先端を走るIBMと仕事ができるチャンスはそうそうあるとも思えなかったので、転職を決めました。

―― 転職してみていかがでしたか?

中村 当時、オグルヴィ・アンド・メイザーは、IBMのワールドワイドでの広告業務を1社で独占受注した直後でしたから、すごく面白かったです。僕の仕事に対する考え方やサービスのつくり方のベースは、すべてここで培ったものだといっても過言ではないくらい、この会社で鍛えられました。20代半ばでIBMのような大企業の広告やマーケティング・コミュニケーション戦略の深い部分に触れられたのは、今でも幸運だったと思っています。

―― どんなことを学ばれたのですか?

中村 例えば広告の基本には「ワンクリエイティブ・ワンメッセージ」という考え方があります。文字どおり「一つの広告で伝えるのは一つのメッセージに絞るべき」ということですが、こだわるべきポイントやお客様に提供する価値はシンプルであるべきだというのは、飲食店の経営にもアプリケーション(アプリ)の開発にも通じる哲学です。ここでは本当に多くのことを学ばせてもらいました。

―― そこから異業種の飲食店経営に挑まれましたね。

中村 30歳にして、それまで経験したことがない飲食業界に飛び込んで、たった10年の間に自分たちが手がけた新業態の店が立ち飲みブームの火付け役と呼ばれるようになったり、外食アワードのような賞をいただけたりしたのは、ひとえにハードワークの賜物だと思っています。3年半いた広告代理店でも休日返上で仕事にのめり込みましたが、飲食店を経営していた時代はそれに輪をかけて働いていました。とくに最初の5年は年中無休で毎日16時間以上、接客やメニュー開発に明け暮れました。

―― ハードワークで得たものは何ですか?

中村 自分の意思で時間を惜しまず働ける人間にはかなわないということと、諦めの悪い人間が生き残るということです。当時から人間の能力差は努力で埋められると思っていたので、自発的に負荷がかかるような働き方をしていたのです。振り返ってみても、あの時期に思いっきり働けたのはいい経験になったと思っています。

―― 「諦めの悪さ」というのは?

中村 難しい局面に直面した時、危なそうだからといって途中で放り出してしまうと、リスクも減るけれども可能性も減るということです。飲食店の経営を始めたばかりの頃はまさにそうでした。一品500円以下のメニューをそろえ、毎日休まず朝まで営業している店が西麻布にあったら、きっと地元の人が来てくれる。そう思って開店したのに、ふたを開けたら8カ月もの間ずっと赤字続き。貯金も底を突きかけ、来月の家賃の支払いもままならないところまで追いつめられたのですが、それでも飲食店の経営をあきらめることができなかった。結果としてサラ金から借金して経営を続けるという禁じ手にまで出てしまいました。

でも、その究極の状況に置かれて初めて、自分の考えが根本から誤っていたことに気づけたのです。価格の安さだけに目を奪われていた自分の考えがいかに間違っていたか。それで店の方向性を改め、自分が自信を持って出せる本当に良い商品だけをリーズナブルに提供する方針に変えたところ、メニューや接客が劇的に変わり、売上は倍以上に伸び、間もなく世間から繁盛店と言われる店に変えることができました。結果論かもしれませんが、諦めの悪さゆえに未来が開かれることもあると、そのとき初めて知りました。

〜後編につづく〜

株式会社トレタ 代表取締役

中村 仁氏

松下電器産業(現パナソニック)、外資系広告代理店のオグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパンを経て、2000年に東京・西麻布で飲食店を開業。立ち飲みブームのきっかけとなった「西麻布 壌」「豚組」「豚組しゃぶ庵」などの繁盛店を世に送り出す一方、2010年にはツイッターを活用した集客で「外食アワード」を受賞し、注目を集める。2011年に料理写真を共有するアプリ「ミイル」をリリース後、2013年に株式会社トレタを設立し、予約台帳アプリ『トレタ』で飲食業界のIT化を支援している。著書に『右向け左の経営術』『小さなお店のツイッター繁盛論』がある。