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第5回<後編>FNAグループ CEO 井上直樹氏

第5回<後編>FNAグループ CEO 井上直樹氏

前編では、FNAの前身となるNCネットワークチャイナ設立から、親会社の撤退までの経緯について聞いた。後編では、再起をかけた奮闘と未来への展望について話を聞いていく。

赤字会社を自己資金で買い取り黒字化を果たす

――親会社の撤退が決まったとき、どんなことを考えましたか?

井上 5年で黒字化を果たせなければ撤退するということは、あらかじめ決まっていたことですから、現地の責任者として申し訳ないという気持ちしかありません。ただ、ようやく展望が開けつつある段階で会社をつぶすことには強い抵抗感がありました。そもそも現地で採用して一緒にがんばってきた30人の社員を見捨て、自分だけ元にいた商社に戻るようなやり方が正しいとも思えませんでしたし、会社をつぶすとなればそれなりのお金もかかります。他社への事業譲渡という選択もありえましたが、私が帰国したら辞めるという社員が少なくなかったので、現実的な選択肢ではありません。そうなると、私がとるべき道はひとつしかありませんでした。

――それがMBOですね。

井上 そうです。いつか起業するときのために貯めていた資金を全部注ぎ込んで、自分で事業を買い取ることにしたのです。せっかく手掛けた初めての新規ビジネスでしたから愛着もありましたし、会社や社員への責任もありました。

―――とはいえ思い切りましたね。

井上  そうかもしれません。でも撤退が決まった後に、ある人と今後についての相談をしていたとき、こんなことを言われて腹が据わりました。「海外で30人規模の組織をゼロからつくろうと思ったらすごく大変なこと。なくすのは惜しい」と。それを聞いて、赤字幅も一時期に比べれば相当、縮小していましたし、少ないながらも一緒に苦労してきた仲間もいます。もしこれ以上、悪い状態に陥っても、事業形態を変えれば生き残れる道もあるのではないかと考え、買い取ることに決めたのです。

――その後は順調に?

井上 いいえ。2008年に事業譲渡を受けた直後、リーマン・ショックが起こって、サイトや会員誌の広告収入が半減。一時的に赤字が大きく拡大してしまいました。でもわからないもので、リーマン・ショックのおかげでビジネスマッチングのニーズが拡大することになるのです。

――なぜリーマン・ショックが事業拡大につながったのですか?

井上 日本の景気が急速に後退したことで、国内メーカーの目が一気に中国に向き始めたからです。中小企業も例外ではありませんでした。確かにリーマン・ショック直後こそ業績は低迷しましたが、間もなく日系企業からの問い合わせが大幅に増え、それに合わせて業績も回復していきました。2010年には念願の黒字化も果たすほど、売上を伸ばすことができたのです。

――外部環境の変化で危機的状況に陥ったことはありますか?

井上 いまのところ経営基盤を揺るがすような大事件は経験していませんが、ハラハラさせられたことならいくらでもあります。例えば中国で会社設立の準備を終えて一時帰国している最中に、重症急性呼吸器症候群(SARS)が大流行して中国への渡航が禁止になりましたし、2012年に上海で開催した商談会の2日後に近所で大規模な反日デモが発生して、随分肝を冷やしたものです。中国だけではありません。2011年に予定していたタイへの進出を一時的に見送ったのは、この年に起こった大洪水のせいでしたし、2014年の軍事クーデターが発生したときには、この先どうなることかやきもきさせられました。海外で事業をしていると、こうした日本ではあまり考えられない事態に対処することが日常茶飯事で、なかなか気が休まりません。

――不測の事態を乗り切るためのコツのようなものはありますか?

井上 コツといえるかどうかわかりませんが、予測不能なリスクを回避しようと思ってもできるものではありませんし、リスクを恐れ過ぎてもいけないということは確かです。結局は状況を冷静に見極めて、いま採りうる最善の手段を講じて対処するしかないのです。個人的にはリスクヘッジよりもリスクマネジメントのほうが、はるかに大事だと思っています。

――生産地としての中国の魅力が減り、タイやベトナムへのシフトが進むという話がありますが、実際はどうなのでしょうか?

井上 様々なデータがありますが、現在中国に2万社、タイに6000社、ベトナムには2000社の日系メーカーが進出していると言われています。現地で直接、耳にする情報や統計調査などから判断する限り、当面はこの比率が逆転するようなことは起こらないでしょう。「中国の時代は終わった」というメディアの論調もありますが、現地を知る立場としては一面的な見方にすぎないと思っています。

――今後の展開は?

井上 東南アジア諸国連合(ASEAN)を軽視しているわけではありません。すでに進出を終えているタイでのビジネス拡大を足がかりに、ベトナムやインドネシア、インドなど、大きな可能性がある市場で事業を広げていくつもりです。われわれには10年以上の時間をかけて培った、独自の情報ネットワークと経験値豊富なスタッフという財産があります。それを駆使してアジア各国で多くのお客様に喜んでいただけるサービスをこれからも提供するつもりです。さらに中長期的な目標としては、官公庁や自治体と協力しながら外国企業の日本への誘致や、新たに日本の中小企業を海外に送り出す支援などにも取り組んでいきます。「収益性」と「公益性」を兼ね備えた会社経営が今後の目標です。

――最後に読者にメッセージを。

井上 海外で働いてみたいと思う人も多いと思いますが、あこがれだけで渡航するのはお勧めしません。自分の中にしっかりした目的意識、強い思いがないばかりに、厳しい現実に直面したときに心が折れてしまったり、海外で転職を繰り返したりという残念な結果をよく見ます。言語はあくまで道具。道具は使い手の目的があって初めて本来の機能を発揮するものです。海外に渡るのは、いまいる場所で自分のなすべきことを見極めてからでも遅くないと思います。日本で生き生き働いている人は、海外でも生き生きしているもの。ぜひ自分なりの目標を見つけて、それに向かってがんばってほしいですね。

<取材後記>

サラリーマン社長として中国に乗り込み、ゼロからビジネスを立ち上げた井上氏。しかも、自己資金で赤字事業を買い取り、黒字化に導いた辛抱強さとバイタリティーには敬服させられる。対面する前までは、さぞかしパワフルでな人物だと想像していたが、現実の井上氏は気負いや力みをまったく感じさせない自然体な人物だった。「難しい問題に直面したからといって、命までとられるわけではない。健康な身体があればいつでも立ち直れる」という井上氏。柔よく剛を制すというが、厳しい競争社会で生き抜くためには、強引さや性急さよりも、柔軟性に富んだ思考と肝の据わった覚悟を持つことのほうがはるかに大事なようだ。

FNAグループ

CEO 井上直樹氏

1969年、滋賀県生まれ。1992年、大阪市立大学工学部情報工学科卒業し、日商岩井(現双日)に入社。鉄鋼本部に配属される。2003年、所属部署の事業合併に伴い、鉄鋼専門商社メタルワンへ移籍。同年、同社と三菱商事の出資による新会社NCネットワークチャイナ設立のため、中国に渡る。同国で製造業に特化したビジネスマッチングサイトの開設や会員誌の発行、商談会の開催など、事業基盤の確立に尽力。2008年、三菱商事とメタルワンの撤退決定によりMBOを行い、独立を果たす。2013年、タイへ進出。今後はASEAN諸国においてもビジネス拡大を狙う。