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イノベーションを興す次世代リーダーたちの視点

第1回<前編>ランサーズ株式会社 代表取締役CEO 秋好陽介氏

第1回<前編>ランサーズ株式会社 代表取締役CEO 秋好陽介氏
<はじめに>

クラウドソーシングとは、crowd(群衆)とsourcing(業務委託)を掛けあわせた造語。社内業務を外部に発注したい企業などが、ネット上のプラットフォームを通じて受注希望者を募り、成果物に対し報酬を支払うビジネスだ。近年、クラウドソーシングは、インターネットの拡大とともに急拡大しており、矢野経済研究所の調べによると、2017年までに国内市場規模は1470億円にまで膨らむという。今回紹介するランサーズの秋好陽介氏は、国内初となるクラウドソーシング事業を立ち上げ、同社を国内最大級の企業に育てた人物。
第1回は、秋好氏の言葉からイノベーションを興すリーダーにふさわしい人物像をあぶり出していく。前編・後編で構成し、前編では起業に至るまでの経緯について紹介する。

自らの経験からクラウドソーシングに乗り出す

――学生時代からビジネスに携わっていたそうですが、以前から起業に関心があったのですか?

秋好 大学時代から始めたWebサイトの受託開発をきっかけに、自分でもネット上に旅行のメディアを立ち上げたりして、年間数千万円の広告収入を得たりしていました。でも、もとから強い事業欲があったわけではありません。お金儲けへの関心より、インターネットの可能性にすっかり魅せられた状態といったほうが現実に近いでしょうね。

――インターネットの何が、秋好さんの心を動かしたのでしょうか?

秋好 自分のアイデアが、世の中に受け入れられているという手応えです。顔も知らない誰かが、自分の作ったサービスを気に入って使ってくれて、その上お金まで払ってくれる。金額の大小はさておき、そのこと自体にとても興奮したのです。「目の前にあるパソコンの先には無限の空間が広がっている」。そう感じてワクワクしたのを今でもよく覚えています。

――大学を卒業された2005年、ニフティに入社されました。就職などせず、事業を興そうとは思わなかったのでしょうか?

秋好 就職しようと思ったのは、当時多くのユーザーを抱えていた、GoogleやYahoo!、Livedoor、価格.com、iモードのようなサービスが、組織の中でどのように作られていくのかを知りたかったからです。どれひとつとして、23歳当時の自分に作れそうなレベルのサービスではありませんから、まずは組織の一員としてインターネット業界の最前戦に身を置くべきだと思いました。起業を考えるのは、それからでも遅くはないと考えたのです。

――ニフティではどんなお仕事を?

秋好 Webサービスのプロデューサーやディレクターです。学生時代にフリーランスとして受注する側を経験した後、ニフティに入り発注する側にまわったことになります。ランサーズのサービスを思いついたのは、この当時の経験がヒントになりました。

――と、言いますと?

秋好 ディレクターの気持ちとしては、通した企画は一刻も早く実現したいのが人情です。しかし開発パートナーの担当者に打診すると、大抵は「要件定義、設計書をまとめるのに時間が掛かる。どんなに急いでも半年後」と言われてしまいます。しかも「半年間で600万円」というような高額な見積りも出てくる始末。

ある時、一体どうすべきか相談しようと、フリーランスでエンジニアをしている友だちに聞いてみると「その程度の開発なら、3週間、60万円ぐらいで出来る」という返事。これには驚きました。

――発注はうまくいきましたか?

秋好 いえ。結局、彼に発注することは出来ませんでした。法人格を持たないフリーランスだったからです。もしこの仕事を彼に発注出来たとしたら、当然彼にとってもハッピーなことでしょうし、それは担当者である私にしても、会社にとっても、ユーザーにとっても同じようにハッピーだったはずです。でも仕組み上の問題で出来なかったわけです。

――それが起業のヒントに?

秋好 そうです。とは言え「世の中にはこうした不満を解消できるサービスがすでにあるんだろう」と思って、試しに探してみたのですが、どうしても見つかりません。そこで、はたと思い立ちました。もしかしたら、このビジネスはいけるのではないかと。

――それでニフティを退職されたわけですね。

秋好 はい。実は大学時代からニフティ時代にかけて、個人的にほしいと思うサービスを10以上に開発していて、そのいくつかは、多くのユーザーを抱えていました。でももし、法人と個人とが安心して案件を取引できるプラットフォームが作れたら、過去に作ったどのサービスより、社会的にインパクトがあるビジネスになるだろうと確信したので、今までのようにサンデープログラマーとして取り組むのではなく、会社を辞めて起業することにしたんです。

後編につづく