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識者インタビュー

東京・霞が関から鹿児島へ 移住して分かった地方で働き、暮らす魅力

東京・霞が関から鹿児島へ 移住して分かった地方で働き、暮らす魅力

東京・霞が関の官庁に勤めながらも、自ら手を挙げて鹿児島県に移住。ぶりの養殖が盛んな島、長島町の副町長に29歳で就任し、様々なユニークな施策を手掛けて話題になった人がいます。内閣府地方創生推進事務局の井上貴至さん。2015年から約2年間、副町長を務めた後、17年4月からは愛媛県庁市町振興課に出向し、さらに2年間地方行政に携わりました。19年4月に総務省に復帰した後も全国を訪ね歩くことをライフワークとしている井上さんに地方で働き、暮らす魅力について聞きました。地方へのU・Iターンを考える際の参考にしてください。

「東大生は何も知らない」で現場の面白さ知る

――出身は大阪で、大学入学以降は東京です。なぜ地方にこだわりを持っているのですか?

大学時代、ゼミの川人博先生から「君たち東大生は何も知らない。とにかく現場へ行きなさい」と教えられました。ゼミはフィールドワークが重視されており、沖縄の米軍基地へ行ったり、過労死のご遺族から話を聞かせていただいたりして本当に刺激的でした。総務省入省の1年目は各都道府県への赴任が習わしで、私は愛知県へ行きました。地元のお祭りに誘われたり、地元の人と交流したり、ここでも現場が面白かった。

霞が関で制度を作るマクロ視点と現場の実情から見るミクロ視点の両輪で物事を捉えることは、非常に興味深いです。「平成・令和の伊能忠敬になる」と公言し、地方の面白い人に出会うために全国を訪ね歩くのがライフワークになっています。

――公務員などを地方へ派遣する「地方創生人材支援制度」を2014年に省内で提案。その理由は?

地方創生人材支援制度は市町村長の補佐役として国家公務員や大学研究者、民間企業の人材を市町村に派遣する制度。提案のきっかけは地方を訪ねて感じた課題です。地方にはそれぞれの地域や分野などで本当に面白いことに取り組み、活躍している人が多数います。しかし、取り組みを外部に発信したり、異なる分野と手を組んだりといったことが苦手です。

ビジネスにおいても同じで、中(地域)と外(外部)をつなげられる人材が少ない。「これはもったいないな」と思い、中と外をつなげる人材を派遣する制度を考えました。これまでに私を含めて200人以上が制度を利用して地方に行っています。

――15年から2年間鹿児島県へ行き、その後愛媛県に2年間出向。どのような取り組みを?

鹿児島の長島町でも愛媛県でも多くのご縁に恵まれて、楽しく仕事ができました。仕事の内容は長島町と愛媛では異なり、長島町は中と外、官と民をつなげるために新しいことを企画する仕事。副町長を2人体制にしてもらい、従来の副町長の仕事はもう1人の方にお願いして、自分はとにかく新しいことをやることに徹しました。2年間で新たに仕掛けた施策は50個ぐらい。どれも印象深く残っていますが、「ぶり奨学金制度」はメディアによく取り上げていただきました。

愛媛は県庁という大きな組織の中で、市町振興課長という立場からどのように組織を束ねて、価値を出していくかということに重きを置きました。出向中は西日本豪雨にも遭い、被災地の対応も経験しています。

職住接近で通勤時間は30分

――4年間を地方で過ごした感想は?

都会に比べて地方のほうが問題や課題が見つかりやすいことに気づきました。課題を解決するとビジネスや政策になる。新ビジネスは地方のほうが圧倒的に始めやすいです。東京はお金を払えばいろいろなことができる環境が整っています。サービスがある程度完成し洗練されているため、新規参入したり、スモールビジネスを始めたりすることに壁が高い。地方は不足しているものが比較的多く、他から持ってきたり、すでにあるものを組み合わせたりするとビジネスになります。

例えば、長島町は農業と漁業が基幹産業。ぶりの養殖は加工において日本で初めて衛生管理の国際基準「HACCP」認証を取得するなど、その分野ではエキスパートです。しかし発信力が弱く、魅力が十分に外へ伝わっていませんでした。インターネットを活用し、漁協の婦人部に働きかけてぶりを使った料理をレシピサイト「クックパッド」に毎日配信するなど、食のブランドを高める活動をしました。また、町の農水産物をたくさんの人に満喫してもらおうと阪急交通社と連携。役場内に支店を設けて、地域密着の観光ツアーを企画・販売し、町に観光客を呼び込む仕掛けを作りました。

ぶり奨学金制度は高校・大学への進学者の保護者に低金利の奨学ローンを貸して、卒業後10年以内に長島町に戻ってくれば、利息分を含めた返済分を町が全て補てんします。若者が進学のタイミングで町外へ出て行き、戻ってこないために起こる地域の人口減少、後継者不足といった課題が原点です。町内には高校や大学がなく、進学したらバスで1時間以上かけて学校に通うか、引っ越さなくてはなりません。町を出てもいずれ戻ってくる仕組みを地元の金融機関や企業も巻き込み考案しました。

――地方で暮らすという面ではいかがですか?

地方は家賃が安く、住みやすいですね。松山市は職住接近を全国的にアピールしており、東京では通勤に1時間から1時間半かかるというのはざらですが、松山はおおむね30分もかからずに職場に着きます。

社会問題化している待機児童は、主に都市部の問題。地方では待機児童は少ないですし、地域の皆で子育てを支えるという文化がある。自宅の近くに親や親戚が住んでいたり、近所の人たちが手助けしてくれたりといった光景を当たり前にように目にします。

日本の大きな課題である合計特殊出生率の低下も全国一律ではなく、首都圏を中心とした問題です。長島町の出生率は2.06ありますし、九州の市町村でも2.0を超えている所は少なくありません。個人的な感覚として、暮らしやすさや子育てという面では都会より地方のほうが優れているのではないでしょうか。

首都圏が合う人、地方が合う人は?

――「地方には仕事がない」と一般的によく言われます。U・Iターンを考えたとき、働く場所は悩みの1つです。

首都圏に比べて地方は求人数が少ないのは事実です。それゆえに「地方には仕事がない」と言われてしまうのですが、求人情報を発信できていなかったり、魅力がしっかり伝わっていなかったりすることもあります。長島町時代に人材領域に強いIT企業と提携して町の様々な求人情報を一元化し、役場のホームページに掲載しました。携帯電話の部品設計オペレーターや土木作業員、バスの運転手、介護職員、ジャガイモ農家などの求人が集まり、採用につながりました。

地方では求人情報が埋もれているケースが多々あります。最近は市町村が人材サービス会社と提携してインターネットサイトに情報を掲載したり、役場のホームページに載せたりすることもあります。U・Iターンを考えているのであれば、地域の求人情報を探ってみてはいかがでしょうか。また、愛媛県西条市では交通費や宿泊費、食費の全てを市が負担する完全無料のオーダーメード型移住体験ツアーを実施しています。移住を考えるきっかけとして、このようなプランの利用もお勧めです。

――首都圏で働くことが合う人、地方で働くことが合う人といった違いはありますか?

ある程度の規模の会社で正社員として働き、与えられたことをしっかりこなしていくことが好きな人は、首都圏で働くことのほうが向いているかもしれません。一方、地方には足りないものがたくさんあるため、自分たちで不足分を補ったり、生み出したりしていくことを楽しめる人は、地方で働くことのほうが合うでしょう。足りないものがあっても不平・不満を言うのではなく、自分たちで解決してみよう、提案してみようといった考え方を持てる人に向いています。

――最後に、これからの働き方をどのように考えていますか。

時間と共に価値が上がっていくものを大事にしなくてはいけないと考えています。1つは人とのつながりやコミュニティーです。これは働く場所に関係ありませんが、地方のほうがよりコミュニティーが深くつながることができるため、時間の経過と共に大事になっていることを実感するでしょう。

「1つの会社に入って最後まで働く」というのは人生70~80年のモデル。働く期間が40年程度であれば、自分の価値観はそれほど変わらず、嫌なことも我慢できました。人生100年時代になり70~80歳まで働くとなると、自分が好きなことしか続けられません。仕事だけでなくライフスタイル全体を通して、好きなことを追求していくようになるのではないでしょうか。

副業など複数の仕事をしたり、生活拠点をいくつか持ったりするのはいいと思います。千葉県の鴨川では棚田を維持するために、都会の人が地元住民に交じって保全活動に取り組んでいます。生活場所を変えるのが大変であれば、そういった関わり方でもいいです。都会と地方の両方で働いて生活することで精神的なバランスの安定につながります。

内閣府 地方創生推進事務局

井上 貴至さん

1985年大阪生まれ。2008年に東京大学法学部を卒業後、総務省へ入省。国家公務員などを地方に派遣する「地方創生人材支援制度」を発案し、自らも制度を使って15年4月から鹿児島県長島町に就任し、同年7月からは副町長に。若者の地元へのUターンを狙った「ぶり奨学金制度」など地方の課題解決につながるユニークな施策が全国から注目を集めた。17年4月からは愛媛県市町振興課に赴任。19年4月に総務省に復帰し、現在は内閣府に出向中。