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識者インタビュー

日本の製造業が取るべき「哺乳類戦略」で生き残れる企業と人材とは?

日本の製造業が取るべき「哺乳類戦略」で生き残れる企業と人材とは?

デジタル化の進展が目覚ましい製造業。日本の企業が世界で生き残るにはどのような戦略を取ればいいのか、そこで求められる人材とは――。ものづくり研究の第一人者である藤本隆宏・東京大学大学院教授に解説していただきました。

日本の製造業は明るい?

――メディアで伝えられる「国内製造業の停滞」といった悲観論を真っ向から否定されています。

平成期の日本の製造業は結局強かった、という事実を認識すべきです。一部のメディアなどは世の中の雰囲気に流され、事実的にも論理的にも誤った悲観論を伝えているように感じます。

例えば昨今の検査不正問題。もちろん絶対に起こしてはいけない不祥事ですが、それに対し「日本の製造業は、昔は良かったのに最近はダメになった」といった衰退論が一部のメディアで伝えられました。ところが実際に分かっているのは、「長年の検査不正が最近次々と発覚したが、重大な品質不良を起こしたとの調査報告は今のところない」ということ。こうした現象は現場の工程能力がかなり高く、同時に検査基準が非常に厳しいときにこそ起こります。つまり、過去の検査不正と今の現場力低下を強引に結び付ける論説は因果関係が成立せず、論理が混乱し非科学的です。

日本の製造現場は技能継承、デジタル化への対応、設備の劣化、人手不足など課題は多々あります。しかし、それらを克服して存続してきた強い製造現場や企業はたくさんあります。日本は現場力が落ちた、製造業はもうダメなど実証的にも理論的にも根拠の怪しい情緒的議論を繰り返していても何も生まれません。

――これからの日本の製造業は明るいと考えていいのでしょうか?

むろん問題は山積ですが、米中貿易摩擦時代、勝機はあります。今の日本の製造業は付加価値で100兆円強、従業員数は約1000万人。主要7カ国(G7)の中で製造業が国内総生産(GDP)の20%強という存在感を示しているのは日本とドイツだけです。

日本の製造業は平成の30年間は大苦戦しましたが、強い国内現場を多く残しました。勝ったと言うにはほど遠いですが、負けなかったことは世界に誇れます。デジタルの世界にはプラットフォーマーといわれる “恐竜企業”(いわゆるGAFA=グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)が闊歩しますが、これからの日本のものづくり企業は高い現場力と自社製品の世界標準仕様化により、恐竜の下で世界としぶとくつながる「哺乳類戦略」を取るべきです。デジタル化の時代だからこそ、現場はコテコテのものづくりの継続が重要。本社はそれを生かして新しい商売を仕掛けるチャンスが増えます。やりがいがあり、面白いことができる業界となっていくでしょう。

デジタル化で遅れる日本、強みを生かす戦略が成長のカギ

――平成の30年間は大苦戦したとのことですが、製造業の動向を教えてください。

平成が始まった1990年代には、グローバル化とデジタル化がほぼ同時に起きました。まず東西冷戦終結後、東側にあった低賃金人口大国・中国の世界市場参入が、グローバルコスト競争を激化させました。当時の中国の工場労働者の月給は新人で1万円、日本は20万円。しかも中国は農村から工業地域へ労働力が大量移動する無制限供給により、超低賃金が続きました。

たいていの産業で、日本の国内現場の物的生産性(労働量当たりの生産量)は中国を数倍上回っていましたが、さすがに賃金ハンデ20倍を跳ね返すことは難しく、総じて「生産の比較優位」を失いました。多くの日本企業が中国など低賃金新興国に生産拠点を移す一方、国内工場が縮小や閉鎖の危機に追い込まれました。

デジタル化が進んだことにより、家電エレクトロニクス系の国内工場は「設計の比較優位」も失いました。例えばテレビ。日本はかつて、設計や生産で多能的な技術者・技能者がチームワークで製造する「調整集約型(インテグラル型)」のアナログテレビでは、強みを発揮しました。しかし、既存の設計部品を組み合わせて製品を作る「調整節約型(モジュラー型)」のデジタルテレビや半導体では競争力を喪失しました。

2000年代に入ると、日本の優良な国内製造現場は、存続をかけて反攻を開始。中国などとの賃金差を克服するため、物的生産性を数年で数倍に伸ばすことに貢献したのがトヨタ生産方式や低コスト自動化です。また雇用維持のために新規の事業や顧客を開拓する企業も多く見られました。05年頃には中国の労働力無制限供給が限界に達して人件費が上昇。10年代後半には中国との賃金差が3~5倍にまで縮小し、国内の優良製造現場は中国など新興国にコストで負けないところが増えました。

1990年代以来のデジタル化がさらに加速したのは2010年代です。ものづくりの世界のデジタル化を3層アナロジー(類比)でとらえると、重さのないICT層は「上空」、現物を現場で扱う重さのある世界は「地上」。上空と地上の間にあり、地上のデータをリアルタイムで分析し上空にもつなぐ「低空」に分けられます。10年代以降は、上空においてGAFAなどプラットフォーム(基盤)企業が世界を支配。低空でもドイツが先行しています。一方、日本勢は上空の制空権を握られ、多くが地上の物財企業に留まっています。

――現在の日本の製造業の動向を総括すると?

日本の製造業はグローバルコスト競争の危機は脱しつつありますが、デジタル化時代のプラットフォーム競争では遅れをとっています。しかし、米中技術摩擦が激化する今後、日本の製造企業にも有効な戦い方はあり、すでに一部で実践されつつあると私は見ます。

日本の製造業は、多能的従業員のチームワークを生かした複雑な調整集約型の製品では、高い国際競争力を維持しています。例えば自動車は日本企業が設計で世界シェア3割を確保し、トヨタ生産方式は世界中で採用され、自動車工場の生産性も平均すれば世界一です。

日本企業はデジタル化には出遅れましたが、強い現場力を生かしつつ、本社が自社のグローバル標準で米中のプラットフォーマーと能動的につながるなど、巧みな商売や戦略を実行すれば、売上高営業利益率が20%ぐらいの成長企業は次々に出てくるでしょう。すでに電子部品、高機能設備、機能性化学品などでは高成長・高収益の事業が規模の大小に関わらず、日本に出現しつつあります。

必要なのは商売と技術が分かる人材

――製造業ではどのような人材が求められますか?

本社であれば、世界で商売ができる人材です。日本の企業は従来、ものづくりは得意ですが商売は下手でした。製品を売ることができる戦略センスや事業構築力を持つ人材が必要です。一方、製造現場の人手不足を補うには、生産性を上げなくてはなりません。これからは商売改善も生産性向上もできる活力ある人材が必要とされています。そのためには、ハードとソフト、技術と商売の両方が分かる人材を企業が育てていくことが必要。コテコテのものづくりから、人づくり、デジタル化まで幅広く知識を使いこなし、上空と低空と地上をつなげる「広義のデジタルものづくり」で活躍できる人です。

モノの世界に企業人として皆で向き合うことに興味があり、共鳴できる人も求められます。日本の製造現場は多能工の文化・チームワークが根付いており、モノに向き合い、複雑な機能・構造の連立方程式を解かないと設計解が出ない、といったようなインテグラル型製品に日本の強みがあります。トヨタの高機能自動車、村田製作所のセラミックコンデンサー、ソニーのCMOSイメージセンサーは好調ですし、高機能材料やナノテク、バイオ系などの分野でも、日本企業は高い国際競争力を発揮できています。こうした技術力や現場力を、さらに高度なビジネスモデルで世界につなげることができる人材が、今後日本の優良製造企業に必要なのです。

――世界的にデジタル化が進む中、日本の製造業はどのような対応をしたらいいでしょうか?

「デジタル化の時代だからものづくりはいらない」と言っている人たちは、強みを生かして弱みを補うという戦略論の基本を理解していないです。デジタル化は世界の大潮流ですが、それだけにとらわれ、欧米発の概念やロジックだけを追いかけていると、得意なものを捨てて苦手な方に進むという“逆噴射経営”ともなりかねません。長期的には弱点を補うことも必要ですが、まずは自らの強みの部分を深く理解し、そこを伸ばすのが戦略論の基本です。

デジタル化の時代だからこそ、強みに特化して強い製造業を目指す。日本の高度なインテグラル型製品を自社発の世界標準仕様で、高成長するデジタルの世界につなぐことができれば、米中など世界中の有力企業が「御社の仕様でいいから製品・部品・設備を買いたい」とやって来るでしょう。1個1円以下の電子部品でも、誰も真似できない高度な方法で1兆個作って上手に自社標準で売れば、数千億円の売上高と高い利益率につながります。実際、そのような日本企業が出現しています。

米中摩擦の悪影響は短期的には出ますが、今大事なことは短期の損益に一喜一憂せず、長期的な設計の優位性の足元を固めること。日本企業はとかく相手企業の細かい要望に合わせたカスタム仕様にしがちです。過去にはその柔軟性で高い現場力を磨いてきました。しかし、それだけでは高い利益率はなかなか出ません。世界の顧客に安易に“つながれて”はダメです。自社製品を世界標準仕様にすることで、ニッチな分野でも世界シェア1位を取れたら、利益率が20%を割るとは考えにくい。今後10年以上、米中間ではハイテク・モジュラー型製品の覇権争いが続くでしょう。日本の製造業は米中など世界から発注が来た際、上手な商売ができるか否か。これからはチャンスであり、正念場となるのです。

東京大学大学院 経済学研究科 教授
東京大学ものづくり経営研究センター センター長

藤本 隆宏さん

1979年東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、1989年ハーバード大学ビジネススクール博士(D.B.A)。専攻は技術管理論・生産管理論。製造業の製品開発方式や生産管理方式の国際比較研究で知られる。著書に『現場から見上げる企業戦略論 デジタル時代にも日本に勝機はある』『製品開発力』『生産システムの進化論―トヨタ自動車にみる組織能力と創発プロセス』など多数。

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