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第10回 寡黙なフクロウよ、さらば!

第10回 寡黙なフクロウよ、さらば!

 言葉だけを学んでも、上手にコミュニケーションができるわけではありません。日本語の上手い外国人のビジネスパーソンも、冗舌に語りすぎれば「日本人ならそこまで説明しないのに」と、くどく聞こえてしまうこともあります。この違和感には日本語の「ぼかし」好きが関与しています。

「ほうほう族」は丁寧第一?

 話題は少しずれますが、最近、辞書を持たない学生が多くなりました。私は大学の国語の授業で辞書をよく引かせます。もちろん電子辞書を使って調べるのでも十分なのですが、たまに国語の授業の辞書指導のために辞書も引かせます。辞書には、よくコラムがあり、電子辞書の検索機能では行き当たらない「余談」を見ることもできる利点があるからです。
 言葉研究で有名な金田一春彦・秀穂父子の編さんによる『学研現代新国語辞典』第五版(学研プラス)には、「ほうほう族」なる言葉の解説がありました。いわく「相手に対する敬語のつもりで、なんにでも『ほう』を付けて言う人を『ほうほう族』と呼ぶ。コンビニやファミレスの店員などに多い」のだそうです。「お箸のほうはお付けしますか」や「ドリンクバーのほうはいかがいたしますか」など、よく耳にする「(の)ほう」はぼかし表現の一種で、明言を避けることから丁寧な表現と受け止められます。
 この「ほう」は日本に滞在して日数の長い留学生もよく使います。日本人のように何気なく入れているのではなく、頑張って入れてしまうものですから、反対に目立ってしまい耳障りに聞こえます。ぼかそうと思って使っても、強調したり繰り返したりすれば、それ自体が目立ちます。ぼかし言葉はさりげなく、消え入るような声で、できれば「など」や「ほど」を織り交ぜて、目立たせないのが正解です。

ぼかしの加減もお国柄が顕著

 「~のほう」と入れて長くするのだけが「ぼかし言葉」というわけではありません。日本人は「どちらへおでかけですか」と問われると「ちょっとそこまで」と答えるように、応答にもぼかし表現を多用します。私の研究室に来ている中国人留学生の中には、理由をはっきり言いたがる(聞きたがる)学生もいて、戸惑うこともあります。
 以前も、授業を休みたいと言うので一応理由を尋ねたら、「国から両親が来ます。両親は日本へ来るのが初めてですから、いろいろ案内したいです。飛騨高山と京都へ行きます。それから……」と、その後も行く場所を細かく教えてくれました。仲間からの誘いを断るときも、日本人学生なら「その日はちょっと……」とぼかすところも、「その日はアルバイトが何時から何時まであります」とはっきり伝えているときがありました。個人差もありますが、最近の中国人は日本人ほど「ぼかし表現」を用いないようです。
 アジアのビジネスパーソンとのやりとりでも、このような「説明の飽和点」に注意しなければなりません。

日本人は、表現方法も表現内容も「ぼかし」を多用する。時に、相手に不明確さや説明の不十分さを感じさせるので、要注意。

 日本人は、「ほう」「ほう」とぼかし言葉を使いたがる一方、理由の説明もぼかす「寡黙なフクロウ」になりがちです。それは、やはり話し慣れていないから。相手に合わせて、いらない言葉をそぎ落として明確に表現しながらも、求められている内容は雄弁に語りましょう。

山田敏弘(やまだ・としひろ)

岐阜大学教育学部シニア教授(専門:日本語学・方言学)

1965年岐阜県生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院博士課程前期課程修了。大阪大学大学院博士課程前期課程を経て博士取得(文学)。国際交流基金派遣日本語教育専門家としてローマ日本文化会館で勤務経験を持つ。著書は「国語を教える文法の底力」「国語教師が知っておきたい日本語文法」「日本語文法練習帳」(くろしお出版)、「日本語のしくみ」(白水社)、「日本語のベネファクティブ」(明治書院)、「その一言が余計です。」(ちくま新書)、「あの歌詞は、なぜ心に残るのか」(祥伝社新書)など。昨年4月から今年3月まで、ラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送、毎月第3木曜深夜)のコーナー「暮らしの中のことば」に出演した。