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異文化?いい文化!

第8回 敬語もタメ口もTPOで使い分け

第8回 敬語もタメ口もTPOで使い分け

 昔は、ビジネスパーソンたるもの、きちんとした敬語を身に付けていなければならないとされていました。基本的なビジネスマナーは不変としても、どうやら、敬語で話している人が必ずしもビジネスで成功しているとは言えないようです。
 もちろん、初対面の人や気難しい上司に対等な立場で話すような言葉遣い(=タメ口)をするわけにはいきませんが、うまくタメ口を会話に織り交ぜていくことは、相手との距離を縮める戦略となります。

敬語は距離を作り、壁も作る

 私が教える大学にも大勢の留学生がいます。その中には、日本人学生とうまく友だちになれる人もいれば、いつまで経っても友だちは自国の出身者だけという人もいます。
 その違いは、タメ口を使えるかどうかに表れているようです。正式な日本語教育を受けた留学生は、だいたい「~です」「~ます」で文を終わります。この文体が染み込んでいる学生は、先生にとっては丁寧でよい学生ですが、同年代の学生にとっては「いつまでもよそよそしい」存在。どうやらタメ口で話してほしいようなのです。

 この話のように、敬語は距離をつくります。しかし、人間同士の距離は固定的なものでなく、その時の話題や心持ちでも変わります。敬語しか知らないと言葉の面で壁ができてしまい、それも困るものなのです。
 ただ、親密さや友好的な姿勢を示すために、いつもタメ口が効果的かと言えば、そうではありません。特に初対面でタメ口を使う外国人は、正式な日本語教育を受けずに日本に来て、実践的に学んだ人。こういう人は少なくとも言葉の面から見て、すぐに信頼するのは控えたほうがいいでしょう。肝心なのは、日本語が話せる外国人であっても、話題や相手に合わせて言葉を切り換える能力があるかないかです。

スタイル・シフトが重要

 言語のこのようなスタイルを切り換えることを、スタイル・シフトといいます。日本語を母語とする話者ならば自然と実行していることですが、外国語ではなかなかできないことです。

 英語のような敬語のない言語であれば問題がないかと言えば、そうでもありません。英語でも、水がほしいときに「Water, please.」と頼むのか、「Can I have a glass of water?」と頼むのかでは、丁寧さが変わってきます。当然、場面に合わせて使い分けなければなりませんし、それが聞き手にとって適切な表現でなければ困ったことにもなります。

 言語は、どのように言うかだけでなく、どのような場面でどのように言うかが大切なのです。ビジネスでは、言葉だけ丁寧にするよりもタメ口で距離を縮め相手の心に入り込んでいくことも重要です。しかし、丁寧な言葉が使えないことを個性と勘違いするのは愚かなこと。人間の薄っぺらさが見えてしまいます。言葉のスタイルの切り替えこそが、最大の武器なのです。

敬語もタメ口も、相手とTPO(時、場所、機会)に合わせて使い分けましょう。

 最近では、敬語もタメ口も「ポライトネス(丁寧さ)」を表現する道具と考えられています。飲み会で遅く帰宅した旦那に、奥様が「今日も、遅くまでお疲れ様でございました」などと、いつも言わない丁寧さが感じ取れたら、きっと怒っている証拠でしょう。親しい間柄での敬語は、かえって「ポライトネス」を脅かす言葉となるのです。
 ちなみに、こういう話をするとすぐ勘違いする人がいますが、親近感を表す言葉の使い方を間違えると、度が過ぎてセクハラや人間関係の悪化につながりますので、くれぐれもご注意を。あくまで相手の望んでいる親近感を表す言葉を使うことが大切です。

山田敏弘(やまだ・としひろ)

岐阜大学教育学部シニア教授(専門:日本語学・方言学)

1965年岐阜県生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院博士課程前期課程修了。大阪大学大学院博士課程前期課程を経て博士取得(文学)。国際交流基金派遣日本語教育専門家としてローマ日本文化会館で勤務経験を持つ。著書は「国語を教える文法の底力」「国語教師が知っておきたい日本語文法」「日本語文法練習帳」(くろしお出版)、「日本語のしくみ」(白水社)、「日本語のベネファクティブ」(明治書院)、「その一言が余計です。」(ちくま新書)、「あの歌詞は、なぜ心に残るのか」(祥伝社新書)など。昨年4月から今年3月まで、ラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送、毎月第3木曜深夜)のコーナー「暮らしの中のことば」に出演した。