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異文化?いい文化!

第5回 何語で「お・も・て・な・し」?

第5回 何語で「お・も・て・な・し」?

 グローバル化が叫ばれながら、実際には海外への出張や駐在の必要性があったり、留学を希望したりしない限り、なかなか外国人と接する機会はないのが一般的だと思います。ただ、国内の労働人口の減少などを鑑みれば、今まで以上に外国人との協働が様々な場面で不可欠になると考えられます。
 このコラムでは、より身近になるであろう異文化に対する理解を少しだけでも深めていただき、今後のビジネスなどで生かしてもらえるよう、日本と様々な国・地域の文化や習慣の違いを、言葉の使い方、コミュニケーションの取り方をメーンに紹介していきます。

外国人と話すときの言語は何語?

 リオデジャネイロ五輪は開幕してしまえば早いもので、もう後半戦。約2週間の競技日程も、白熱した展開であっという間に過ぎていきますね。次は、いよいよ東京五輪。2020年の日本には、きっと多くの外国人観光客が訪れるのでしょう。しかし、いったい何語で「お・も・て・な・し」をしたらよいのでしょうか。

 「もちろん英語」と言う方もいらっしゃると思います。英語で話せば、欧米人はもちろん、アジアや他の地域からのお客さんにも通じる可能性が高まります。確かにメリットがあります。しかし、英語を使わなければならないと考えるだけで、コミュニケーションの開始が妨げられることも、いまだにあります。文法も発音も大きく異なる英語は、共通する部分の多いヨーロッパの言語話者が想像する以上に、日本人にとっては負担なのです。
 そのため、話しかけるときは、まず日本語で話すことを心がけましょう。世界には公的機関で日本語を学ぶ人だけでも200万人以上いると言われます。実際、テレビでインタビューを受けている外国人のほとんどは、日本語で話をしています。世界第3位の経済力をもつと言われる日本語は、けっこう通じる言語なのです。迷ったときにはなおさら、日本語で話すとよいでしょう。

 では、英語で話しかけられたときはどうするべきでしょうか。外国人に話しかけられただけで「アイ・キャント・スピーク・イングリッシュ」で拒絶するビジネスパーソンはもう、そうそういないでしょうが、英語で返答しようと焦るがあまり、なかなか言葉が出てこないのであれば、やはり、日本語でゆっくり返してみましょう。私がローマに滞在した四半世紀前、イタリア人の多くは外国人にもイタリア語で話していました。英語で話しかけられようとドイツ語で話しかけられようと、返すときはイタリア語。それでも、なんとか通じるものです。

日本にいるから日本語で押し通す?

 そもそも、なぜ英語で話しかけてくるのでしょうか。日本に来て、すべてを英語で済まそうとする欧米人の振る舞いは、土足で日本の家に上がることに似ています。「英語で話すこと」が許されたら、「欧米的な考えで振る舞うこと」も受け入れられたのだと思われてしまうこともあります。
 しかし、世界の国々は、基本的に対等でなければなりません。この点で、「ここは日本だから日本語で」という考え方も、私には理のある考えに思えます。それは、気持ちの面だけではありません。交渉ごとにとっても重要なスタンスです。

 私にとっては、日本語がもっとも十全に意思表示できる言語です。相手の言語に合わせなければならないだけで、大きなハンディーを背負っていると感じます。日本で自分が話すときは、日本語でやさしく話したいことを伝えるよう心がけています。気を付けなければならないのは、日本語を日本に来た外国人にまで押しつけてはならないということです。相手にハンディーを負わせることも、また、フェアではありません。

 では、どのようなコミュニケーションが理想なのでしょうか。言語は、対話の道具であると同時に、思考の道具でもあります。母語のほうが概念を明確かつ細密に捉えられますし、考えをつなげて複雑な論理関係を言い表すにも有利です。その点で言えば、話すのは母語で、聴くのは外国語でもというのが理想です。つまり、双方が歩み寄ってこそ、十分な対話が取れるということであり、一方だけが負担を強いられるべきものではないということです。
 もちろん、英語で十分な意思表示が可能であるレベルを目指すことに、私は何の異論もありません。大切なのは気持ちです。皆ができるそれぞれの言葉で、最良の「お・も・て・な・し」をしていきましょう。

国際化社会のコミュニケーションは、相手の話を理解できるだけの外国語力を培うところに本質があります。その上で、十分な意思表示ができる言語で話すのが理想なのです。

山田敏弘(やまだ・としひろ)

岐阜大学教育学部シニア教授(専門:日本語学・方言学)

1965年岐阜県生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院博士課程前期課程修了。大阪大学大学院博士課程前期課程を経て博士取得(文学)。国際交流基金派遣日本語教育専門家としてローマ日本文化会館で勤務経験を持つ。著書は「国語を教える文法の底力」「国語教師が知っておきたい日本語文法」「日本語文法練習帳」(くろしお出版)、「日本語のしくみ」(白水社)、「日本語のベネファクティブ」(明治書院)、「その一言が余計です。」(ちくま新書)、「あの歌詞は、なぜ心に残るのか」(祥伝社新書)など。昨年4月から今年3月まで、ラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送、毎月第3木曜深夜)のコーナー「暮らしの中のことば」に出演した。