ビジネスパーソンのキャリアアップ・転職について考えるニュース・コラムサイト

異文化?いい文化!

第3回 「付かず離れず」も臨機応変に

第3回 「付かず離れず」も臨機応変に

 グローバル化が叫ばれながら、実際には海外への出張や駐在の必要性があったり、留学を希望したりしない限り、なかなか外国人と接する機会はないのが一般的だと思います。ただ、国内の労働人口の減少などを鑑みれば、今まで以上に外国人との協働が様々な場面で不可欠になると考えられます。
 このコラムでは、より身近になるであろう異文化に対する理解を少しだけでも深めていただき、今後のビジネスなどで生かしてもらえるよう、日本と様々な国・地域の文化や習慣の違いを、言葉の使い方、コミュニケーションの取り方をメーンに紹介していきます。

心地よい距離を保つ日本人

 第2回で取り上げた日本人と外国人の声の高さの違いと同様、気づかれにくい言語文化差のひとつに、人と話すときの距離の取り方があります。日本人は、距離を比較的広く空けて話すとされますが、海外の企業と取引のあるビジネスパーソンにも、あまりこの距離は意識されていないかもしれません。
 他人に入られて不快に感じる領域を「パーソナルスペース」といいます。このパーソナルスペースは文化によって広さが異なり、日本人はこの距離が相対的に広いと言われます。これは、異文化の人と話すとき違和感として顕在化します。身近なところで一例を挙げれば、中国人はこの距離がとても近く、私も中国人の留学生と話していると「もっと離れて」と言いたくなることもあるほどです。
 この差は挨拶にも表れています。日本人は基本的に、挨拶でお辞儀をします。「あなたになら討ち取られてもよい」との覚悟を、うなじを見せることで敬意を示したものと言われるお辞儀ですが、相手との物理的距離は保っています。お辞儀をしても頭が当たらない距離が、日本人にとって心地のよい距離なのです。
 一方で、握手は身体の一部を触れ合わせられるほど距離を縮めます。さらに、南ヨーロッパなどでは頬を片側ずつ寄せ合って「チュッチュッ」とするチークキスという挨拶をする国もあり、日本人を戸惑わせます。もちろん、直接唇を頬に付けるわけではなく、音だけ「チュッチュッ」とやればいいのですが、それでも唇が触れるほどに近寄るという行為は、日本人にとっては難しいものです。軽く抱き合うハグが広がらないのも、このパーソナルスペースを保ちたいという欲求からくるものです。

言語文化の常とう手段を学ぶ

 お辞儀と、握手など身体接触のある挨拶との違いは、ポライトネス(丁寧さ)理論で言うところのネガティブフィエスとポジティブフェイスの違いです。
 ネガティブフェイスとは、他人から尊重されたいという欲求が満たされることによる丁寧さで、日本ではこれを重視します。敬語が発達していることも、このネガティブフェイスが日本文化で重要であることを示しています。
 ポジティブフェイスとは、他人と親密になりたいという気持ちの充足による丁寧さです。ファーストネームで呼び合うような演出は、距離を保ちたがる日本人にはなかなか見られません。
 この物理的距離の取り方は単なる言葉の違いだけでなく、会話の流れにも表れています。日本人がジョークから会話を始めて心の距離をつめて話すなんてことは、いまだに珍しいことです。その反面、日本語では自己紹介で「どうぞよろしくお願いします」と、距離をわざわざつくるお願いという形式で終わります。このような会話の流れにも、人から尊重されたいというネガティブフェイス重視の姿勢が表れています。

人との距離の取り方は「郷に入っては郷に従え」。
パーソナルスペースから言葉による距離の取り方まで、その言語文化における常とう手段を学んで、会話をスムーズに進めましょう。

 しかし、これからはいろいろな国の人と話すようになる時代。その際、もし英語を話すのであれば、ジョークのひとつでも言って場を和ませる術を持たないと解けこんでいけません。言語は、振る舞いまで含めて言語なのですから。

山田敏弘(やまだ・としひろ)

岐阜大学教育学部シニア教授(専門:日本語学・方言学)

1965年岐阜県生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院博士課程前期課程修了。大阪大学大学院博士課程前期課程を経て博士取得(文学)。国際交流基金派遣日本語教育専門家としてローマ日本文化会館で勤務経験を持つ。著書は「国語を教える文法の底力」「国語教師が知っておきたい日本語文法」「日本語文法練習帳」(くろしお出版)、「日本語のしくみ」(白水社)、「日本語のベネファクティブ」(明治書院)、「その一言が余計です。」(ちくま新書)、「あの歌詞は、なぜ心に残るのか」(祥伝社新書)など。昨年4月から今年3月まで、ラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送、毎月第3木曜深夜)のコーナー「暮らしの中のことば」に出演した。