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企業インタビュー

年収3割減覚悟 彼女は商社安住よりベンチャー選んだ

年収3割減覚悟 彼女は商社安住よりベンチャー選んだ

長尾さん(右から3人目)らM&Aチームは2019年度下期のMVPの社内表彰を受けた

企業の中途採用が拡大し、ベンチャー企業への転職を考える人が増えている。成長性、意思決定のスピード感、自由といったイメージが強いベンチャーだが、実際に転職して働くとなるとどうなのか、どんなタイプの人が向いているのか。新興企業で活躍する転職経験者に聞いた。第1回は家計簿アプリやクラウド会計ソフトを手掛けるマネーフォワードに転じた元大手商社ウーマン、長尾祐美子さん。

長尾祐美子さん

1988年生まれ。2011年京大総合人間卒、大手総合商社入社、海外合弁会社の経営支援などに従事。シンガポール、ブラジルへの赴任を経て2017年退職。夫の赴任先、米国でCPA資格取得。2018年帰国、マネーフォワード入社。現在はコーポレートディベロップメント室長として、主にM&Aと財務戦略を担当

――新卒で大手総合商社に入社しました。どのようなキャリアを思い描いていましたか。

「5歳から13歳まで英ロンドンで過ごし、大学では国際関係を学んだことから、自然と『グローバルな仕事をしたい』と考えていました。外資系企業の日本法人に就職しても日本での仕事が中心になるだろうと思い、選択肢には入れませんでした。興味を持ったのは、日本に本社を置き、世界で幅広く展開する総合商社でした」

「就職先では、海外の合弁会社の経営支援やマーケティング施策の企画・実行、M&A(合併・買収)を担当しました。早くから海外で多くの経験を積ませてもらい、会社への不満は全くありませんでした」

――入社7年目に退社、米国へ移り住みます。

「夫の海外転勤が決まったので一緒に渡米することにしました。勤めていた商社には、家族都合の退職であれば復職できる制度があったため、『一度辞めて夫とともに海外へ行き、数年後に戻ろう』と考えたのです」

「赴任先のニューヨークでは、英語や商社での経験を生かし、バリバリ仕事ができると思っていましたが、ビザ(査証)の制約でフルタイムの仕事には就けませんでした。やむなくフリーランスの立場で、日系コンサル会社のリサーチ業務を手伝ったりしたほか、米国公認会計士(CPA)の資格試験やデータ分析などに使われるプログラミング言語『パイソン』を勉強したりして過ごしました」

「楽な道に戻っていいのか」と悩む

「CPAは商社時代に財務会計の知識の必要性を痛感したことから、『一度体系的に学びたい』と勉強を始めました。プログラミングはデータ分析がビジネスパーソンにとって身近な領域になってきていることを感じていながら、全く縁がなく『このままではまずい』という危機感から取り組みました」

――わずか1年で帰国することになりました。

「トランプ政権によるビザ発給の厳格化の影響が夫にも及び、当初数年の予定だった赴任が急きょ1年に短縮。私も帰国後のキャリアを深く考える間もないまま、慌ただしく日本に戻りました。元の会社に復職することをまず考えましたが、大企業の看板がないときの自身の非力さを米国で思い知ったことから、『このまま楽な道に戻っていいのか』と思い悩みました」

「そんな折、マネーフォワードに勤める知人と会う機会がありました。スマートフォン決済など、ITと金融サービスが融合した『フィンテック』には米国で日常的に触れていたため、『何となく興味があった』のです。就職を意識していたわけではなかったのですが、話を聞くにつれ、会社への関心が高まりました」

「マネーフォワードは既に上場を果たしていたものの、まだまだ成長途上。商社時代、設立間もない合弁会社の経営支援に携わった経験から『自分はゼロを1にする起業家タイプではないが、10を100にすることは得意かもしれない』と感じていたので、次の成長段階に進もうとしていたマネーフォワードに『合うのではないか』と思い始めたのです」

手取りの差より、新しい挑戦で得られること

「その後、様々な部署の社員と面会し、金融機関やスタートアップからの転職者、外国人など多様なバックグラウンドを持った人が混在し、互いの違いを尊重し合う企業カルチャーに強くひかれました。最初のきっかけをくれた知人とも何度か会うなかでいつのまにか採用面接のようになっていきました」

「最終的には、マネーフォワードに入社するか、古巣の商社に戻るかという二択で迷いました。商社時代と比べて年収は3割以上減る計算で、大きな懸念にもなりましたが、最終的には『短期的な手取りの差より、新しいチャレンジを通じて得られることや実現できることが大事』という結論に至り、マネーフォワードへの就職を決めました」

コーポレートディベロップメント室長として、M&Aの責任者を務める長尾さん(右)

――現在の担当業務について教えてください。

「入社にあたり、M&Aと資金調達の担当を希望しました。M&Aは前職で携わった経験がありましたし、資金調達ではこれまで培った交渉力が生かせると思ったからです。当時、社内にはこの2つをカバーするポストはありませんでしたが、意欲を示せばそれを受け入れてくれる土壌があり、希望をかなえてくれました」

「コーポレートディベロップメント室長として、M&A戦略を任されています。平均すると月10件ほどを検討しますが、双方にとって有益な『ウィンウィン』の関係で、契約締結までこぎつける案件は年に1件あるかどうか。無事に契約を終えると本当にほっとします。資金調達も新興企業の成長ドライバーといえる責任重大な仕事です。今は新しい手法もいろいろあるので、会社が成長するための資金調達について考えていきたいと思います。現在の担当のほか、今後予定される本格的な海外展開の際にも何かお手伝いできればと思います。自分なりの形で会社を大きくすることに貢献できればうれしいです」

――実際に働いてみて、大企業とベンチャーはどのような点が異なりますか。

「大企業では業務が部署ごとに細分化されていますが、今の職場は部署の垣根が低いですね。ボールがあちらこちらに落ちていて、気づいた人が拾い、好きな方向に投げているようなフラットな環境です。個々の役割が非常に広いので、『与えられた守備範囲から一歩踏み出し、新しい課題に取り組むのが好きな人』に向いているのではないでしょうか」

「また、大企業では前例踏襲が多くなりがちですが、ベンチャーでは踏襲すべき前例がほとんどないので、とにかくどんどん事が進みます。当初はそのスピード感に驚きました。半面、会社、業界ともに急速に成長、変化していくので、常に自分をアップデートする必要性を痛感しています。『何とかついていかなくては』という心地よいプレッシャーを感じながら、社内外の人脈づくりにいそしんだり、ファイナンス、プログラミングの勉強を続けたりしています」

人事部からひとこと

人事採用部 菱沼史宙部長

長尾さんは当社が特に必要としていた (1)M&Aの経験 (2)会計の知識 (3)語学――という3つの要件がぴたりとはまった稀有(けう)なケースでした。

IT系のベンチャー企業としてはITリテラシーに乏しい人を採用しにくいところがありますが、長尾さんは経歴書の趣味の欄に「プログラミング」と書くほどでこの要件もクリア。唯一、以前勤務していたのが大手企業だったため、「ベンチャーの環境に合うか」ということが懸念材料になりました。ただ、この点についても本人からは「新たなチャレンジを楽しみたい」という前向きな意見が聞け、トントン拍子で採用が決まりました。

当社の中途採用では、学歴や前職のフィルターをかけない代わりに「カルチャーフィット(カルチャーが合うか)」を重視しています。採用の過程では「入社後に何をしたいか」「どういうことに取り組もうとしているか」を必ず聞き、「ないものを自分で作っていくタイプ」か「会社が敷いてくれたレールを進むのが好きか」をはかるようにしています。

自身の成長だけでなく社会的な課題に向き合って解決していきたいと思う人は特に歓迎です。例えば、当社のミッションは「人々のお金に対する悩みを解決、軽減することを通じて社会に貢献する」です。社の根幹ともいえる考えにいかに共感できるか、自身の言葉でうまくアピールできると採用過程でプラスに働くと思います。

マネーフォワード
2012年設立、17年東証マザーズ上場。従業員数約700人、19年11月期の連結売上高は71億5600万円。利用者数約900万人に上る家計簿アプリで知られるが、売上高の約6割を法人向けのクラウドサービスが占める。