2016.09.29

決断はビジネスパーソンとしてか、人間としてか

「命のビザ」に通じるエピソード

 今年5月、日本で8年ぶりに三重県志摩市で開催された主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)。テレビの報道で目にした人も多いと思いますが、来日する各国の代表団やプレス関係者に対し記念品として贈られたのが、話題にもなった「サミットバッグ」です。
 見た目や中身は外務省のホームページで確認できますが、ファスナーの取手部分に三重県の伝統工芸品「伊賀組みひも」を取り付けた黒色のトートバッグを製作したのは、日本の有名なかばんメーカー。中身はというとチークブラシ、おちょこなど日本の伝統工芸品をはじめ、日本酒、歌舞伎フェイスパック、消せるペン、おなじみのお菓子を含めて十数点。残念ながら一般向けには配布されないうえ、記念品用の特別仕様で市販されず、手に入れられないものばかり。
 その中でひときわ目を引くのが「リンゴ型タオル」です。第2次世界大戦中、リトアニアで外交官を務めていた杉原千畝(1900~86年)は「命のビザ(査証)」を発給して数多くのユダヤ人難民を救いました。救われた難民が1940年9月ごろに敦賀港にたどり着いて上陸したとき、地元の少年がリンゴを提供したというエピソードにちなみ、福井県敦賀市が人道の港をPRするために製作したもの。
 外交官としてではなく人間として当然の正しい判断をした――。早稲田大学構内の記念碑にあるように、外交官として職務を全うするという使命のもと、いま実行するべきことは何かを問い、苦渋の決断を下した千畝。ビジネスパーソンとして見習うべき要素、考えさせられる要素が多々あります。その生涯は昨年、唐沢寿明主演で映画化もされています。

働き方におけるイニシアチブ

 伊勢志摩サミットで議長を務めた安倍晋三首相は、主要国首脳会議で採択された首脳宣言をまとめ、G7伊勢志摩経済イニシアチブとして「世界経済、移民および難民、貿易、インフラ、保健、女性、サイバー、腐敗対策、気候、エネルギー」の10の分野が挙げられました。
 特に、女性については「女性の能力開花のための行動指針」として、具体的にSTEM(科学、技術、工学、数学)分野のキャリアにおける女性の積極的な役割の促進などが盛り込まれています。安倍政権も女性が活躍できる社会の実現を掲げ、様々な政策を打ち出しています。
 また移民および難民については「移民および難民の移動は世界的規模の課題」と強調されたように、日本における経済の活性化や労働力の確保という点でも、重要な課題として外国人労働者を受け入れ、外国人労働者が活躍できる社会の構築について議論が進められています。法務省の在留外国人統計によると、日本にいる外国人は約270万人(2015年12月時点)。国籍・地域別ではアジアの約220万人を最多に総数は年々、増え続けています。
 転職フォーラム「日経キャリアノミクス」は、様々な専門家や企業の経営者などが集い、働き方についていろいろな面から考える機会でもあります。女性も男性も性差を超えてどのような働き方ができ、どのような働き方をしていくべきなのか。上司や先輩などが外国人になるという可能性が高くなるなかで、どのように外国人と協働していくのか。このような機会に触れてみると、自らの働き方に対する指針がより明確になっていくのではないでしょうか。

2016年10月15日(土)開催1月14日(土)開催【日経キャリアノミクスとは】

『日経キャリアノミクス』は新しい働きかたについて考えるきっかけと、企業との新たな出会いを創出するイベントです。

【主なイベントコンテンツ】

2016.10.07

日本人女性初の受賞はいつの日か

今月3日からノーベル賞の発表が始まり、ノーベル生理学・医学賞に東京工業大学の大隅良典栄誉教授が選ばれました。日本人の自然科学系のノーベル賞受賞は3年連続。大変喜ばしいことですが、創設者のアルフレッド・ノーベルの命日に当たる12月10日の授賞式に登壇した日本人の女性は、100年以上を誇るノーベル賞の歴史の中で、まだ現れていません。世界の全受賞者で見ても女性は少ないのが実状です。

2016.09.29

決断はビジネスパーソンとしてか、人間としてか

今年5月、日本で8年ぶりに三重県志摩市で開催された主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)。テレビの報道で目にした人も多いと思いますが、来日する各国の代表団やプレス関係者に対し記念品として贈られたのが、話題にもなった「サミットバッグ」です。

2016.09.21

こころよく 我にはたらく仕事あれ

2016年は歌人、石川啄木の生誕130周年。生まれた頃から大半を過ごした盛岡を離れ、小説家を目指しては挫折を繰り返し、北海道など各地を転々。東京・小石川で人生の終焉を迎えるまで、啄木の生き様は順風とは程遠い、生活苦や病苦などと常に隣り合わせのようなものでした。「こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと思ふ」。